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Chandler@Berlin

ベルリン在住

光輸送シミュレーションのためのロバストなモンテカルロ法
著者: Eric Veach, 翻訳: Chandler@Berlin HY
(翻訳) Part 3/3


1.1.2 輸送モデルに関する仮定


光輸送アルゴリズムは全ての光の振舞いをシミュレートするのではない.なぜなら,ほとん どの応用でそれは必要でないからである.(脚注: 厳密に言えばそれは可能ですらない.なぜなら全ての物理学が知られているわけではないからである.しかし,光と物体の相互作用は物理学の中でも最もよく研 究され,発展しているものの一つである.そして実質的に全ての観測される現象は,かなり高い精度で計算,予測できる.[Feynman 1985] したがって,コンピュータグラフィックスの目的としては我々はこれらの物理法則は,ほぼ完全に理解されていると仮定してよい.) グラフィックスの立場に立つと,物理学における光学の知識を使うことは,写実的な画像を生成する手法として,最も適していると考えられる.どのようなシー ンを生成するかに対して,我々はどの光学的効果が重要なのかを判断し,そしてそれをシミュレートできるアルゴリズムを選ぶことになる.

我 々の論文においては幾何光学モデルを基礎とする.このモデルでは,光は物体の表面からのみ放射,拡散,吸収される.そして,これらの面間では光は直進する と仮定する.したがって,雲や煙のような participate 物体(吸収・拡散を行う物体)や,あるいは屈折率が連続的に変化する物体(たとえば,熱せられた気体)は考慮しない.我々はまた,波長や量子力学的効果に 依存する(たとえば回折や蛍光)光学効果のほとんどを無視する.特に,我々は光線間の相互作用の可能性を排除する.すなわち,光は完全に非干渉であること を仮定する.

通常のレンダリングでは,ここで我々が無視した効果はそれほど重要ではない.幾何光学は我々が日常で目にするものをほとんど 全て,適切に高い精度でモデル化する.このため,実質的には,ほとんどのグラフィックスでの光輸送アルゴリズムはここで行なった仮定と同様の仮定を行って いる.この章の後ほどで,他の選択肢となる物理モデルの可能性に関して調査することにする(1.5 と 1.6 節参照).

光輸送シミュレーションのためのロバストなモンテカルロ法
著者: Eric Veach, 翻訳: Chandler@Berlin HY
(翻訳) Part 2/3


1.1 光輸送問題

 

コンピュータグラフィクスの分野で光輸送シミュレーションは,現実のシーンと見紛うほどリアルな人工的な世界を作成する人々を助ける道具として利用 されている.そのような道具には,物体の形状や表面の散乱属性などの仮想世界の環境の記述が入力されている.さらに,光源についての情報や,視点の情報も 与えられている.これらの情報をもとに,光輸送アルゴリズムは現実の物理学に基いて光の振舞いをシミュレーションし,写実的で正確な画像を生成することを 試みる.

1.1.1 なぜ光輸送は重要なのか

光輸送アルゴリズムの大きな目標の一つは,写実的な仮想環境モデルを人が効率的に生成することを助けることである.たとえば,現時点で,コンピュータアニ メーションではよりリアルな光源をデザインすることに多大な努力が払われている.主な問題は,プロダクションで利用されている(スキャンラインやレイト レーシングなど)のアルゴリズムは通常間接光をシミュレートする能力がないか,限られた能力しかないことである.つまりライトが置かれた時点で通常は間接 光が自動的に計算されることはほとんどない.そのかわり,それらの効果は人によって注意深く置かれた見えない光源によって模造されることがしばしばであ る.もし,我々がロバストな光輸送アルゴリズムによってこれらの間接光を自動で計算することができるなら,シーンのライティングを行う人の仕事はより簡単 になる.

光輸送シミュレーションのその他の応用は予測可能なモデリングである.つまり実際に製作する前にこれから作成するものの外見を予測したいという欲求があ り,これに応えようというものである.建築や製品デザインの分野ではこのような要求は明らかに必要とされている.これらの応用ではレンダリングの結果は客 観的に正確であり,かつ,見た目も良いものであることが重要である.

最後にグラフィックスの分野での光輸送の技術を発展させることは,結局物理学や工学にの発展にも寄与する可能性が高い.1.6節ではこれらの可能性について詳しく議論する.

もしロバストな光輸送アルゴリズムが開発されれば,我々はこれが広く利用されると信じている.より簡単でより強力なアルゴリズムは,最終的にはいくつかの 状況で複雑だが,現時点で性能の高いアルゴリズムよりも好まれる.これは一般的なコンピュータソフトウェアの傾向である.つまり,人が状況に応じてパラ メータのチューニングを行なってそれによって高速に結果を得るようなアルゴリズムよりも,計算時間は多少かかっても,パラメータのチューニング,つまり人 間が複雑な役割を果たさないような単純で強力なアルゴリズムが最終的には好まれるという傾向である.我々は簡単で,正確な光輸送のシュミレーションのもた らす利益は,多少計算コストが高いことは,人間のコストに比較してあまり影響がないと感じている.

光輸送シミュレーションのためのロバストなモンテカルロ法
著者: Eric Veach, 翻訳: Chandler@Berlin HY
(翻訳) Part 1/3

 

本学位論文の目標は光輸送問題を解くための 1. 汎用,かつ 2. ロバストなアルゴリズムを開発することである.1 の汎用性という目標を達成するために,我々は Monte Carlo 法に注目した.なぜなら,現時点では Monte Carlo 法のみが,実世界にあるさまざまな表面幾何物体(surface geometry),反射モデル(reflection models), そして光学的効果を扱うことができるからである.2 のアルゴリズムがロバストとは,できる限り考えられるさまざまな入力に対して,破綻することなく,十分な精度の結果が得られるアルゴリズム,つまり入力に 対して出力が頑健なアルゴリズムという意味でロバスト(頑健)という.本学位論文で,我々は本質的で重要な結果を得ることができた.すなわち,新しい理論 モデルと統計モデルの構築を行い,新しいレンダリングアルゴリズムを開発することができたのである.一方で論文中で,本手法ではいったい何ができないのか --- 光輸送問題を解くための手法の持つ限界 --- に対する議論も行なっている.

これまでに光輸送問題に関して多数の研究がなされてきたが,現存する手法には,依然として大きな限界が存在している.現存の手法は,通常入力モデルに大き な制限を課しており,この制限が成立するとして最適化を行なっている.したがって,この制限から外れた入力を扱う際には膨大なリソースを必要とする傾向が ある.たとえば,入力シーン中には間接照明があまりないと仮定していたり,シーン中に存在する面の多くが拡散面であるなどという仮定をしている.そのた め,この仮定を満たさないシーンが入力される場合,たとえば,間接照明の効果が大きいシーンや,拡散面でない物体で構成されているシーンをレンダリングし ようとすると,時間がかかりすぎたり,メモリ消費が大きすぎるということがしばしば起こる.しかし,間接照明があるというシーンは,日常でよく見られるも のであり,特に異常な例というわけではない.実際にはこのような問題を解きたい(たとえば建築の分野など)ということはよくあることなので,このような制 限は現実的ではない.

光輸送問題を解くアルゴリズムが広く利用されるためには,どんな入力が来ても破綻することがないような手法を開発することが重要である.レンダリングアル ゴリズムは現実に存在する物体に近いモデルを扱う必要があり,かつ,アルゴリズムは許容できる時間内で解を出す必要がある.そして出力される画像は物理的 に妥当で,視覚的にも見栄えの良いものでなくてはならない.また,これらのアルゴリズムは複雑な物体の形状,材質,照明を扱う必要がある.なぜならこれら は全て現実の環境において重要な要素であるからである.

我々は,現実世界の可能な限りの様々な状況に対して妥当に対応でき,どの位の時間でレンダリングが可能かということが予測できるようなアルゴリズムを開発 することを目標とした.我々はモンテカルロ法に着目した.これは,この手法が比較的簡単に複雑な形状と材質を扱うことが可能だからである.ひとたび,モン テカルロ法を採用することを決定すると,この手法を適用することが難しそうな問題の部分,すなわち複雑な照明(illumination)問題,を解決す ることが可能なアルゴリズムの開発こそが,我々の主たる関心となった.たとえば,光沢のある(glossy)表面,密集した間接光,小さな物体,そして コースティクス(caustics)といった,現存するレンダリングアルゴリズムがあまり上手く扱えない全ての現象を扱いたい.我々の目標はこれらの困難 な問題を特殊な扱い無しに上手く処理できる汎用のアルゴリズムを見い出すことである.言いかえれば,ロバストな光輸送アルゴリズムの発見である.

続く節で我々は,まずは光輸送問題とはどのようなものかという概観を示し,光輸送問題がなぜ重要な問題なのかを論じる.また光輸送問題において我々が行 なった仮定についても説明する.(これに関しては1.5 節にてより詳細を述べる.)簡潔な導入の後,本論文の独自の貢献に関して要約をおこない,論文がどのように構成されているかを述べる.

最後に,これらの結果がどのようにより大きな全体像におさまるのかを示す.1.4節では,グラフィクスで利用されている他の光輸送アルゴリズムを概観的に とらえ,unbias なモンテカルロアルゴリズムの利点を説明する.1.5節では,様々な実際の光学現象(拡散など)について考察を行い,それぞれの現象のシミュレーションが なぜ困難なのか,あるいかなぜ簡単なのか,の理由を説明する.最後に1.6 節にて物理学と光学という光輸送問題に密接に関係した分野から問題を見直す.これら他の分野からの視点はしばしば互いに異なっており,実際には似ている問 題に対して,様々な種類の解法が適用されている.