中学聖日記の最終回の日は、私の誕生日でした。

誕生日だって言っても「おめでとう」ひとつ言ってくれなかった奴が、今は誕生日をちゃんと覚えていてくれるようになった。

年末の忙しい中、遊ぶ時間を作ってくれた彼。

そんな誕生日デートの移動中に、「中学聖日記」が流れた。横目で様子を伺ってみたけれど、全くの無反応。

そうでしょうね。だからこそきっと、今の私たちがいるんでしょう。

ご飯を食べると言ったってラーメン屋。誕生日だからと洒落たお店に行くことなんてない。でも、眠い目こすり、眠くてしゃべるのもおっくうそうなのに、ご飯までちゃんと付き合おうとしてくれる。
そんな優しさが何よりのプレゼント。

私たちは、ドラマのような激しさもないし、何なら金目当てかと思われるような恋。自慢なんてできたもんじゃない。でも、終わりが見えているようで、なぜか長く続いている。

歩みが非常に遅い恋だけれど、少しずつでも前に進めたら、それでいい。だって、私の幸せな人生の基準は、死ぬ時に好きな人に見守られて死ねたか、どうかだから。