大変ご無沙汰してしまい猛省中。
1ヶ月半 怒涛の様に毎日が過ぎていき、サボってしまった。
今後はゆっくりじっくりお伝えしていきたいと思うのでお付き合い頂けると嬉しいです。
5月11日 ヒューストンでUC Berkeley卒業後雑草の様に浪人プー子生活を送っていた長女から待望の医学部大学院合格の知らせが。
医者になれる!が最初の一言。シカゴ大学にいる次女からは ヤバイヤバイ奪い合い なんだこれは???
グリーンカードを持たない長女が受験できる留学生受け入れの医学部大学院は数少なく、そこへアジアの賢い生徒がこぞって受験してくる。とんでもない狭き門。夫は 長女を日本で就職活動させようと半強制的な発言。私は犬友の方々に医療系の外資系の会社を尋ねる日々。
精神底にも肉体的にもどん底の毎日だった長女は地獄から天国へ。UC Berkeley時代も周りからは留学生が医者になれるのは強いコネのある方だから諦めた方が良いと言われていたらしい。そんな時、私が長女へ、
諦めるのは受験してからでも良いのでは?後悔なく最後までトライしてみれば?日本にはいつでも帰れるよ。 だったらしい。私はいつもそう思う。夫不在のヒューストンの5年間は大学に通いつつ2人の娘を育てる生活。地獄、どん底の日々だった私はいつも 最後までトライしてみてダメだったら諦めよう。最初から諦めたら娘たちに あの時ママが諦めたらからできなかった と言われるのは私が嫌だ。とどんな大変な時も周りの友人や先生方に助けてもらって最後までやり遂げることができた。
あの5年間があったからこそ今の2人の娘の生活があると思う。幸いな事に数カ所あるイリノイ大学医学部のキャンパスの中で次女と同じシカゴキャンパスで4年間医学生として学べる事になった。
あの広大な北米大陸で10マイルの距離に娘2人が生活できるのは我が家にとって大変嬉しい事だ。
今はVISA取得、奨学金申請、と相変わらず慌ただしい毎日だが、前向きな忙しい日々は大好きだ。
諦めるのはいつでもできる。トライは今しかできない。と53歳 目前の私もアルバイト先の会社からインテリアの仕事を任され、両肩に段ボールを担ぎ今日も頑張ろう。