ジメジメした朝、犬のお散歩中もじどじとだった。
朝から冷房フル回転。電気代が怖い。。
今日はヒューストン時代の娘たちのボランティア活動をお知らせしたい。
結論は、娘たちの活動は現地でもピカイチの活動の数だったに違いない。
高校生から本格的な活動を始めていたが、高校にボランティアのクラブがあり、地域の小学校のお祭りや、老人ホーム、身体の不自由なの方との触れ合い等 長女も次女も1年間に120時間以上活動に参加、最高学年時はクラブ員500人をまとめる会長に選ばれた。小学校のお祭りではピザの販売などがあり終了時余った食糧を大量に持ち帰ってきてくれた。老人ホームでは長女はご老人から太平洋戦争の詳細を聞いたり、次女は得意のフルートを演奏したり、身体の不自由な方とはバスケットをしたりしていた。面白かったのはバスで1時間半程揺られて海まで行き、海岸のゴミ拾い、巨大公園の植樹手伝いなど。植樹手伝いの時、長靴とスコップを持参させた所、恥ずかしいから持って行きたくないと言っていた次女は、長靴が大変役立ったと自慢顔で帰宅した。私も次女が通っていた小学校のお祭りで、遊具のチケット受け取りお手伝いをした際感じた事がある。幼稚園児も遊びに来ていた所、みんな小さいながらも順番を待って列に並んでいるのに、アジア人、恐らく中国の幼稚園児は並んでいる列を無視し、先頭に立って遊ぼうとしていたのには、正直驚いた。とともに、国民性、育ちの違いを間近で感じた。
娘たちから聞いて興味を持ったボランティアが ヒューストンフードバンクでのお手伝い。あらゆる企業が余剰の食料やタオルなど貧困層に配る生活必需品の仕分けをした時の話。立ちながら仕分け作業をするようだが、大きな倉庫に大音量で音楽が流れていてその音楽に誰もがノリノリで踊りながら作業をしているという話。ダンスや踊りが好きなアメリカ人らしいと皆が踊りながら作業をしている姿が目に浮かび私もお手伝いしたいと思った程。ボランティアクラブでも缶詰5個を持ってきた生徒にはボランティア時間5時間プラス 10個持ってきた生徒には10時間プラス。という通達がくると私は夜遅くでもスーパーへ缶詰を買いに運転したものだ。
何故ここまでボランティア活動をするかというと、大学受験にはボランティア活動時間が重量な要素になっているからだ。ボランティア活動を何時間行ったという証明書発行依頼は子供たちの間では日常茶飯事。例えば我が家の庭の雑草とりを1時間してくれた子供にも私がサインをして証明書を発行すればその証明書は立派なボランティア活動証明書になるのだ。このような日常のボランティア活動の経験がアメリカの多くの方が、困っている方に手を差し伸べる事が自然にできるようになる要素なのだと日本に戻ってから感じている。アメリカで生活されているお子さんはどうか沢山ボランティア活動をして、アメリカの本当の生活を肌で感じて欲しい。