何かが足りない-第五章 心の中のネオン- | 恋愛マグネット

何かが足りない-第五章 心の中のネオン-

前回までのお話は、こちら(目次) から

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木室さんが田丸さんと遠くに歩いていく。
「行かないで」と私は叫んでいるのに、声が出せない。

そこまで見て、目が覚めた。


「夢でよかった。」


今までなら憂鬱な月曜日も最近は土日が来るほうが憂鬱だ。
私は、昨日、田丸さんと歩いている木室さんを見たせいか、いつもよりお洒落に気合を入れた。
髪の毛をアップした。


彼が可愛いって思ってくれますように。

田丸さんには負けたくない。
そう思った。


会社の前で一回深呼吸した。



彼は、いつもと違うこの髪形のことに触れてくれるだろうか。
そして、私のことを少しでも女としてみてくれるだろうか。



5階にある職場までエレベーターを使わず、彼以外の人に極力見られないように階段を使った。
彼に一番にかわいいねって言ってほしかった。


「吉岡さん」
職場に入るといきなり彼が私を呼んだ。


「はい。」
髪型のこと気づいてくれたのかな?
嬉しい。


「この前から、君がよく頑張ってくれてるから、それを部長とも話しててね。今の派遣の契約が切れる来月から契約社員として雇うことになったよ。今後は、正社員として雇う方向も考えているから、より一層頑張ってください。」


なんだ、髪型のことじゃなかった。


「はい。ありがとうございます。」
嬉しい話なのに、少しがっかりした。



「それと、今日の髪型似合ってるよ。」
そういって彼はいつもの笑顔で笑った。


「ありがとうございます。」
さっきのありがとうございますより大きな声で思わず言った。


嬉しい。似合ってるって言ってもらえた。


その週の金曜日、私が契約社員になったお祝いを課の皆がしてくれた。


皆も酔っ払っていたけど、私もかなりお酒が入って酔っ払っていた。
気がつけば、終電に乗り遅れていた。


「あっ、どうしよう。」
「私の家に泊まる?」

斉藤さんが言ってくれた。

「あっ、でもタクシーで帰ります。」
こんな遅くに一応主婦である斉藤さん宅に泊まるのは、さすがに酔っ払っていても非常識だと言うことは私も分かっていたので、ありがたいけど断った。


「でも結構かかるよ。あっ、木室課長タクシー代出してあげたらどうですか?吉岡さんのお祝いなのにお金出させるのは、かわいそうですよ。」
「おっ、そうだな。じゃあ、吉岡さん行こう。途中まで僕も乗っていくよ。斉藤さんもぐるっと回っていこうか?」
「いいですよ。私は近くだし、電車で帰ります。課長、送り狼にならないでくださいよ。」
「なるわけないだろ。」
「吉岡さん気をつけてね。いろんな意味で。」
「あっ、はい。」


私は、斉藤さんに深くお辞儀して、タクシー乗り場まで木室課長と歩いた。
「本当にすいません。」


彼が斉藤さんや他のメンバーが帰ったことを確認して、前を向きながらこういった。
「ユウコちゃん、どうせ遅くなったし、もう一軒付き合ってくれない?」

私はうなずいた。


「じゃあ、決まりだな。行こう。」

私は彼の後ろに小走りでついていった。


闇の中、色とりどりのネオンが光る。その中で私のヒールがカチカチ音を立てる。
彼に近づくために小走りになる足音が早くなるにつれて、私の鼓動も早くなって、心の中に真っ赤なネオンが光ったように思えた。