何かが足りない-第三章 微妙な片思い-
前回までのお話は、こちら(目次) から
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トイレで手を必要以上洗い、濡れた手で顔を叩く。
鏡に向かって作り笑顔をしてみる。
よし、これでOKだ。
恋は動揺したほうが負けだ。
平常心を保たないと。
戻ってくると、彼はこっちを向いて微笑んだ。
「さぁ、行こうか?」
「あっ、はい。」
やっぱり無理。私はこの人が本当に好きだ。
駅までの道のり、私は胸がドキドキするのを悟られないように、下を向いて歩いた。
沈黙が嫌で、私から声を発した。
「木室さんは、彼女とかいないんですか?」
「どうあって欲しい?」
どうあって欲しい?って言われても・・・
「えっ?それは、えっと。」
「いないよ。今日はユウコちゃんが彼女だよ。」
私は顔が真っ赤になるのを感じた。
「またまた、うまいこと言いますね。」
「ばれたか。」
ばれたか・・・って。
この人は、私が自分のこと好きなのを知っている。
そう思うと、私は余計に何も言えなくなった。
「何?」
「えっ、何って?」
「急に黙るから。」
「ううん。木室課長は、いつも女の子にそんなこと言ってるのかな?と思って。」
「言ってないよ。そりゃ、この歳まで独身だから、恋愛経験もいくつかはあるけどね。それより、ユウコちゃん、木室課長と呼ばない約束だろ?」
「あっ、はい。」
それから、彼はニッコリ微笑んで、私に言った。
「もう一軒行く?それとも、終電間に合わないから帰る?」
「帰られなくなったらどうしたらいいんですか?」
「帰らなかったらいい。」
「・・・」
「嘘だよ。そんな困った顔しなくていいよ。これじゃあ、セクハラだな。」
「・・・」
私は何も言わずに首を横に振った。
「じゃあ、また月曜日な。」
「この後、木室さんはどうするんですか?」
「気になる?」
「いいえ。ちっとも。」
彼は無邪気な笑顔でこう答えた。
「真っ直ぐ帰るよ。」
私は少し意地悪な顔をしてこういった。
「寄り道していいですよ。」
「そういわれちゃ行けないな。」
「じゃあ、今日はもう帰りますね。武志さん。」
私は、ドキドキしながら、彼の下の名前を強調するように呼んだ。
彼は、少し照れた様子で、手を上に挙げた。
「じゃあな。」
私は振り返ってもう一度お辞儀をした。
改札を通り過ぎて、振り返るともう彼の姿はなかった。
もう帰っちゃったんだな。希望としては、見えなくなるまで見送って欲しかったのに・・・
電車の中、私はメールを打った。
『今日は、ごちそうさまでした。楽しかったです。武志さんはいろんな面で私のお兄様です。これからも宜しくお願いします。』
しばらくして返事が返ってきた。
『俺にとってもユウコちゃんは、妹みたいだよ。今度はもっと夜更かししような。』
妹みたい?夜更かし?
妹以上にはなれないの?夜更かしって何か危険なことがあるの?
進みそうで進まないこの恋にイライラしながら、私はipodを耳にあてた。
聴こえてくるラブソングは、悲しい恋の結末だった。
彼は私がどうにかできる相手じゃない・・・
彼からしたら、私はまだまだ子供で、どれだけ背伸びしても叶わない。
いつになく消極的な私がそこにはいて、彼の言うことなら何でもきいてしまいそうで・・・
彼は私のことが好きなんだろうか?それとも振り回すことを楽しんでいるのだろうか。
二人きりで過ごした楽しい時間が終わると、まるで線香花火が消えるたときのように、心の中が突然真っ暗になって、寂しくなって・・・
私は、この微妙な片思いの行く末が見えなくて、深くため息をついた。
そして、聴こえてくる悲しい歌を聴きたくなくて、ipodの次の曲へ進むボタンを押した。