脱げない男-最終章 心のベール-
いつものデート。おやすみのキス。
ただいまのコール。順調にいっている。
でも、付き合って3ヶ月。
私は彼の部屋にまだ入っていないし、彼も私の部屋に入っていない。
そして、まだ、唇が触れるか触れないかのキス以上、私たちは何も進んでいないのだ。
最近デートのたびに思う。
私たち、中学生のデートじゃないんだから・・・
もう少し、進んでもいいのにな・・・。
相変わらず、星田は帽子をかぶっている。
私たちが付き合ったあの日から、私も彼の帽子を脱いだ姿を見ていない。
その部分に、触れてはいけないような気がして、私は、あえて何も言わずにいる。
今日のデートも同じように、軽くキスをするだけで終わるのだろうか・・・。
別にエッチがしたいわけじゃないけど、なんだか寂しい。
私は、少し苛立ちを覚えた。
結局、星田君は何も変わってないじゃない。
かといって私から誘う勇気もない。
欲求不満の女だと思われたくないのだ。
お昼前、星田が車で迎えに来た。
「やっちゃん、今日はどこでランチしようか?何系がいい?」
「星田君の好きなものでいいよ。」
今朝からの考え事のせいで私は少し無愛想な返事をした。
ゆっくり、ゆっくり進めばいいのよ。
私が焦りすぎているのよね。
そう心の中でつぶやいて気持ちを穏やかにしようとした。
近くのカフェでランチ。
私は彼の帽子が気になって仕方がなかった。
この帽子さえなければ・・・
「やっちゃん、そろそろ行こうか?」
「あっ、うん。」
二人でショッピングモールを歩いた。
私の中の不満はどんどん大きくなった。
足取りも少し重くなって、彼の一歩後ろを歩く。
いつもより口数が少なくなった。
「やっちゃん、疲れてるの?」
「ううん。」
「車に戻ろうか。」
「うん。」
二人の間に嫌な雰囲気が漂った。
心配そうな顔をして星田はこういった。
「どうしたの?」
私は、彼のほうを見ずに、
「ううん。何にもない。」
と答えた。
「その言い方は何にもないことないだろう?」
「本当、何にもないんだって。」
「ちゃんといってくれないと分からないよ。」
「だって、そうじゃなくて・・・」
それから沈黙が続いた。
「今日、私の家でご飯食べない?初手料理ご馳走しようかな?」
私は沈黙を断ち切るように言った。
「やっちゃん、面倒だろ?今度時間あるときでいいよ。」
そんな回答を求めているわけじゃない。
でも、私はそれ以上、何も言えずにこういった。
「やさしいのね。」
それから、家の近くのインド料理店で食事を済ませ、車に乗り込んだ。
車は私の家に真っ直ぐ向かう。
まだ、土曜日の夜10時なのに・・・
「じゃあ、また。家に着いたら電話するよ。」
「うん。またね。」
彼の唇が私の唇に軽く触れた。彼の唇が私の唇から離れようとしたとき、今度は私から彼の唇に強く唇を押し当てた。
そして、彼の帽子を一気に脱がせた。
その瞬間、彼の唇が私を突き放すようにに離れた。
私は言った。
「逃げないで。私はありのままのあなたが好き。付き合った日はあんなに潔かったのに。なんだか、寂しいよ。」
そういって私は、もう一度彼の唇に自分の唇を押し付けた。
そして、彼の唇に私はそっとぬくもりを入れた。
彼の体の力が抜けていくように感じた。
「私の部屋に行こう。」
私の部屋に入ると今度は彼が私を抱きしめて、唇で私を愛した。
私は、彼のシャツのボタンをゆっくりとはずした。
彼も、私が身にまとった布切れを一枚ずつはがしていった。
生まれたままの姿に二人がなったとき、初めてお互いのぬくもりを感じることが出来た。
「愛してるよ。」
「私も。」
その夜、二人は結ばれた。
お互いの気持ちを確かめるようにゆっくりと愛し合った。
まるで、初めて愛することを知った時のように、どこかぎこちなく、とても甘く。
それ以来、彼はどんなときも帽子をかぶらなくなった。
人は誰でも隠したい何かを持っている。その上にベールをかけて、隠そうとする。気がつけばそのベールが何重にもなってしまって、何を隠せばいいのか分からなくなる。
相手にとっては、そのベールが必要なときと、逆にそのベールのせいで、ギクシャクするときがある。
私には彼がかけているベールは必要なかった。
そして、私も心にかけていたベールを脱いだ。
裸になれば、本当の温かさを知ることが出来る。
心のベールが裸になったとき、私たちは本当の愛を知った。