前回ブログにも書いた、息子のメンタルが最強という件ですが。

 

実際に2月受験で、「完璧取れたわ」と言っていた2教科試験で不合格をもらったことがわかった瞬間、彼の表情を一応窺い見ていたのですが

 

一瞬困惑の表情の後、彼が言ったことは

 

「・・ああ、そうか。なんかちょっとミスったんかもな。うん。多分問題が悪かったんだ」

 

問題が悪・・??

 

その言葉の真意を測り兼ねたまま、その後その学校の2回、3回試験も出願はしつつ「絶対次は取るから」と目をメラメラさせている息子の様子に、こりゃ頼もしい・・・けどなんでこんなに心が強いんだろう・・と不思議に思っていました。

 

サピの毎月の組み分けやマンスリー、授業内テストで鍛えられすぎて、打たれすぎて、脳内の自尊心についての痛覚のようなものが壊死してしまっている??

 

なんてことも、脳裏をかすめました。

 

何度、低い順位を突きつけられようとも、偏差値40台という数字を与えられようとも、

息子の心は「僕はできるのだ」というところから揺れ動いたことがあまりなさそうだったのは、最後に受験後にぽろっと漏らしていた、6年生になってからとても生徒たちを褒め始めるという校舎の先生たちの雰囲気のおかげだったのかもしれません。

 

5年生までは非常に厳しく、うるさい子たちや、やってこない子達を叱っていた先生たちが、

6年生になってもまだ教室に来ている生徒たちを前にして、この全員がよく頑張ってここにまだ座っているね、君たちはやめないと決めて頑張ってきたんだね、というように、態度を急変させたそうです。

 

他の校舎ではどうかわかりませんが、厳しい叱咤激励の陰に、そんな愛ある教えを日々与えてくださっていたとはつゆ知らず。本当に感謝です。

 

おかげで、サピ内ではボリュゾの息子も、自分を卑下することなく 神経を尖らせることもなく、受験本番は「最後まであそこに座っていたサピ生なら勝てる。できる。一度ミスして落としたとしても、次は絶対に取れる。」というぐらいの強い気持ちを持って最後まで走り抜けていました。

 

これが、息子だけではないと知ったのは他の仲良しのサピ友たちの話を聞いた時です。

 

息子のサピ友で同じようにボリュゾと言われるようなコースを常に行ったりきたりしていた仲良しが数名おり、受験後にもランチ会もして色々お話ししていたところ、

 

2月5日まで試験受け続けたけど、親が折れて4日にもう辞めたいと言ったが、息子が辞めさせてくれなかった。息子が最後の最後に受けた5日の試験で、想像以上の学校に合格をもらってきて、今毎日その合格証を見て息子が微笑んでる

 

という話や、

 

2月3日の時点で1日志望校の不合格がわかり心が折れかけたが、息子はそれでも4日以降も向かうと言って辞めるとは言わなかった。結果、4日受験の学校で合格できると思っていなかった学校にまさかの合格をいただいて家族で抱き合って泣いて喜んだ。

 

という話を聞きました。

どのご家庭も、親は子どもより先に子どもの限界を決めたがるし、親は子どもより先に子どもの将来を悲観したり諦めようとしたりしていました。本当に、我が家も含めて申し訳ないような気持ちです。

子どもたちはそんな親を尻目に、全くそんな親の言うことは意に介さずに、「自分は親が思ってるよりできますけど」と信じて日々奮闘しています。

 

本当に親のメンタルの弱さ・不安定さと息子さんたちのそれは反比例しているのか?というくらい、子どもたちは子どもたち自身の強さを発揮していたように感じました。

 

一方で、もしかしたら、と思うのが

 

子どもたちは、サピでやりながらメンタルの浮き沈みがあまり起きないように、自分たちの気持ちにリミッターをかけている可能性もあったのかな?という点です。

 

子どもたちは大人より頭が固くなく、まだ本能的な部分も強いところがあると思うのですが、

親と同じように不安や心配を予知して感じていては、きっと耐えきれない、ということが感覚的に分かっていたのではないか、とすら思いました。

 

マンスリーでなかなか破滅的な点を取ってきた直後に、復習せず好きなレゴで遊んだりしていた息子の姿を思い出すと、それに叱りつけて努力が足りないと決めつけてもっとやれとまくし立ててしまう大人に対して、息子は本人も不安や焦りを感じていながらもまずは「自分の心を守るために」自分で自分を落ち着かせようと、クールダウンさせて自分を取り戻そうと、あえてそのような行動をとっていたのかもしれません。これはただの想像ですが。

 

そのせいか?わかりませんが、息子やその友人たちは喜び方もクールです。ものすごく舞い上がって、夜通しどんちゃん騒ぎするなんて昭和の祭りみたいな喜び方は全くしません。試験に合格した、というところで、ニンマリ笑ってよかった、というぐらいです。

 

試験での一喜一憂、受験の合否での一喜一憂をしているのはいつも、親の方だけだったのかもしれません。

子どもたちは受験が終わって、野に放たれて毎日楽しそうです。

結果がどうなったとしても、親と子の記憶の中で、この受験という特殊な期間の中に、少しでも光り輝く何かが残っているといいなと思います。

 

息子のメンタルを鍛え、守ってくれたサピの校舎の先生たちには感謝です。