この度、息子の中学受験が終了しました。

 

2024年受験組、サピオンリーでサピ偏50付近をうろうろ、のボリュゾでチャレンジ圏の大学附属中が第一志望。

 

紆余曲折や数々のドラマがありながら、先に結果を記しますと

 

奇跡のように感じる、けれどもきっとまぐれではない、という感触の残る合格を頂きました。

 

全ての中学の受験を終えてみて、感じたこと。

 

サピ偏はあくまでも目安であって、実際はそれが結果を保証するもんでもなんでもないということ。

受験は水物・・・と言われますが、本番の試験後に本人から感想をいちいち聞かされてきた自分としますと、まさにその学校の問題傾向との相性、が非常に結果に影響を及ぼすように感じました。

 

一意見であり、我が家の体験したのはたった数校の中学受験とその結果のみという限られたものです。

 

こんな受験生家族もいたんだな、ぐらいの一瞥をくれてくだされば幸いです。

 

なんだよ自慢ブログか?と、思われる方もいらっしゃるかもしれませんが実際にはその逆です。

 

我が家には同じ大学附属の違う係属の小学校を受験して、不合格を頂いたという6年前の苦い経験があります。

 

非常に苦しい体験で、健気に頑張ってきた小さな我が子に突きつけられた冷酷なまでのそっけない3文字の言葉に、

当時の自分は大変心を抉られたものでした。思い出してみても、その傷は何ヶ月も癒えることがありませんでした。

 

何がいけなかったんだろう。

我が家に、自分に、息子に何が足りなかったんだろう。

自分を責め、息子の能力を疑ってしまいそうになる自分にさらに慟哭しました。

 

ひとしきり絶望の淵を彷徨った末に、自分が辿り着いた精神的境地というのが

 

「あの受験で、いったい息子の何が判定されたというのか」という反骨精神たっぷりの、憧れのその大学系属小学校に唾吐くような心境でありました。

 

そこからの自分はあることを決意しました。

 

息子を信じること。

 

息子の能力も、心の優しさや温かさ、見えないものやまだ無いものを生み出す創造力、知らないことを探し求めて知る面白さを追求する探究心、その全てを信じること。

 

まだまだ小さいながらも、目の前に現れる全ての事象に全身でぶつかり、受け止めて理解しようと手を伸ばし、それを大切に抱き抱えて前に進んでいくような真っ直ぐな性質の息子を、自分はどんなことが起きても信じて、彼の好奇心も何かをやりたい気持ちも全て伸ばしていってやろう。

 

そう決意して、自分は小学校受験というやや得体の知れない部分が大きいと言われる挑戦に家族で突っ込み、息子に不合格という烙印を押してしまったことの責をやや悔やみつつ、心の中で息子に謝りつつ、元々あまり乗り気でなかった主人には呆れられつつ、息子が人としてもっともっと成長してからの再挑戦をぼんやりと心の中にある小さな箱の中にしまい、鍵をしたのでした。

 

中学受験は、やるかどうかも本人次第。鍵は息子が持っている。開けたければ、開ければいい。

 

もし開けても、始めてみて向いてなさそうであれば、やめよう。そもそも、受験が全てではない。

 

それぐらいの気持ちではありましたが、思えば既にあの小学校受験で挫折を経験させてしまった苦い春に、我が家の中学受験は始まっていたのかも知れません。