- 石田 衣良
- 美丘
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- 石田衣良の新刊を読んだ。誰かの本が出版されるのをこんなにも待ちわびたことはない。
まさに出版されたばかりの本を買ったことなどなかった。
だけど雑誌の先取りであらすじを読んだとき、この本は私のためのものだと思った。
主人公美丘はとても破天荒で性欲も旺盛で、友達の彼氏でも平気で寝盗る。それでもとても強くて堂々としているのだ。
雨の中走り回って高くて危なっかしいところに登っちゃったりしてやんちゃなのだ。
廻りが巻き込まれずにはいられない、お騒がせ娘。
あたしは友達の彼氏を平気で寝とったりはしないまでも、そのあらすじを読んだだけで美丘と似ていると確信した。
読み進めて行くうちにその思いはますます強くなった。
美丘の性格だけじゃない、この本の物語自体、あたしが置かれた環境にとても似ていたのだ。
だから驚いた。
このタイミングでこの本が出版されたことに。
自分と同じセリフを言った美丘に。
違うのは、美丘は死ぬけどあたしは少なくともまだ死なないことだ。
美丘は死ぬから美しいドラマになるけれど、あたしは死なないから美しいドラマにならない。その違いだ。
あたしは美丘のように死ぬ病気を患ったわけではないけれど、ちょっと前までの1ヶ月ばかりは本当に苦しかった。
美丘とは違う形で、一番気が合うと思っていた人と離れなくちゃならなくなった。
全て終わって、あたしの哀しい想いはどこへも行く場所がないまま、物語が終わってみると、意外と平気になるもんだ。
あたしはまだ生きてる。しぶとく。
辛いことがあったとき、 あぁーこの話聞いてもらえたらな って。
面白いとこがあったら、あぁー聞かせたら絶対大爆笑なのに って。
共有できてたものが、できなくなって、楽しいときも哀しいときも独り占めしなくちゃいけなくて。
寂しくはあるけれど、今はもう仕方ないって諦めてる。
考え出すと悔しいこととかもどかしいこととかありすぎて、どうにもならないから
考えないようにしてる。
辛い思い出からは逃げるようにしてる。
そのうち忘れられる日も来ると思うから。
そしていつかきっとまた元に・・・前のようには戻れないだろうけれど。また仲良くできたらいいかもしれない。
それか、前のように仲良くできないないならもう意味がないかもしれない。
どちらにせよ、あたしは受け入れなくちゃならないのだ。
美丘が死を受け入れざるを得なかったように。
残された僕が美丘の死を受け入れたように。
小説としての技巧が特別優れているわけではない。
主人公が悲劇なヒロインというのもありがちな物語。
でも、この小説をリアルにしているのは、実在のタレントの名前が出てきたり、『坂を上った渋谷のラブホ街』や、実在する飲食店『ロックアップ』と思われる店が出てきたり、何よりも美丘と主人公僕が自分達が生きていることを確かめ合うようにしてお互いの体を求めるシーンがあることだ。
どこかの小説のように、純粋すぎて抱いたかどうかも視聴者にわからないような、理想像で美化されすぎた亡き人を結婚前までひきずるチェリーボーイの話ではない。どこだかわからないロマンチックなひまわり畑ではない。
どこだかわからない、美しい海や山を背景にした物語じゃない。
都会のど真ん中で階段に座って待ち合わせをする若者たち。決して美しいわけじゃない、ごちゃごちゃした都会で自分の居場所を見つけるのに必死の若者たち。どこにでもいる彼らが主人公だからリアルなのだ。
愛し合う二人がいれば当たり前の行為を隠さずに表現するからリアルなのだ。
だからこそ、美しいだけではすまない部分もあるけれど、
私はこの小説に共感を覚える。
目を引くほどの美人ではなく、背も低く、足も細いとはいえない。不器用で、性格に問題がある、等身大の主人公。
だからこそ、彼女に自分を重ね合わせ、電車の中で、本を読んでいてはじめてじんわり涙がにじんだ。