自分がさっきかじったパンをカバンからとりだしてよく見たら
仰天した。
キレイに歯形が残っていたのだが、歯形の半円があまりに小さかったのだ。
誰か子供が私のバッグからパンを盗んでかじってまた戻したのかと思った。
半径1.5センチといったところだろうか。
これが自分の歯形、つまり口の骨格だとはにわかに信じがたかった。
私は口はともかく、歯が小さいことはよく承知している。
大人の歯の種さえ足りず、歯が生え変わらずにいまだに乳歯が二本ある。
それ以外は一応大人の歯なのだが、乳歯のように小さい。
そういえば、昔老人ホームで介護のアルバイトをしていたとき、私がひそかに尊敬していた知的なおじいちゃんで元大学教授の先生にこういわれたことがある。
「珊瑚さんは、何かが大きいということはなくてすべてが小さいですね」と。
普段無口な先生が私自身についてコメントしてくれたのは珍しいことで、うれしかったのだけれど、褒められているのかわからなかった、という話がある。
今思えば先生は褒めてもけなしてもなく、ただ事実を言ってくれたのだろう。
背が小さければ口も小さく、歯も小さい。全体的にすべてがバランスよく小さくまとまっている、ということなのだ。ある意味褒め言葉なのかもしれない。
ともかく、そういうわけで私は全体的にスモールなのだ。
小さいと得なこともある。
覚えられやすいこと。
子供に見られたいときに子供に見せられること。これは旅先などで知らない人の警戒心を解くのにいい武器になる。
まぁ逆に子供に見られなくないときも同様に子供に見られちゃうんだけどさ。まぁこっちは大人の服装と化粧でカバーだ。
あと、付き合う男性の身長を選ばないこと。
自分より身長が高ければいいという、広い心(…ぢゃなかった、許容範囲)を持つ私にとって、上はいくらでもいるのだ。
許容範囲でないという人はいないと言ってもいいくらいだ。
私ほど小さいと、たとえ私より小さくったって別にいいやってくらいだ。
反面、悪いことももちろんある。
電車のつり革に長時間つかまっていると腕が疲れること。
電車の中で満員電車に遭うと窒息して死ぬのではないかと思うほど苦しいこと。
よく満員電車に乗っているとき、
「新橋OL(24)満員電車で窒息死」
という新聞記事の見出しを思い浮かべてしまうのだ。
これが、スポーツ新聞だったら、きっとこうだろう。
「新橋美女OL(24)満員電車で窒息死!!」(笑)
新橋のオッサンたちにまみれて満員電車で死ぬというみじめなOLを憐れんで、せめてもの慰みに
美女をつけてくれるのだ。
まぁそんな風にしてパンをかじりながら珊瑚の妄想は止まらない。
今度誰かと歯形の大きさを比べてみたい。