髄膜炎

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それがわたしが舞台を
降板した主な理由です。


いろんなドラマがあった舞台から
約一週間。


『みたこのみたせかい』
観劇してくださった方、関係者の皆様
キャストのみんな、応援してくれた友達
支えてくれた家族

みんなに感謝を込めて


まず、


ありがとう


と伝えたいです。


改めて、本当にありがとうございました。



悲しいのは舞台の全公演に
立つことができなかったこと


でもわたしは病院にいかず、
そのまま舞台に立っていれば
おそらく、舞台の上で倒れるか
もう二度と舞台には立てない体に
なっていたかもしれません


実は最後の稽古の日には
すでに歩けないほどの頭痛があって
喋ると頭に強く響くから
稽古中の意識もほとんどなくて

熱は解熱剤を飲んだ状態で
39度ありました

どうしても休みたくなくて
誰にも言わず黙ってたんですけど笑

風邪じゃない気がしてたので
病院で薬だけもらおうと思って
小屋入り前に劇場近くの病院に
行ったのに個人病院では診れない

とのことで大学病院送り、、、

そしてそのまま緊急入院でした


 

最初は咽頭扁桃炎って
喉や声帯がひどくかなり高いレベルで
炎症を起こしていたので

点滴治療のため検査入院
程度だったのですが



そのあと検査を進めていくうちに
髄膜炎の可能性もでてきて

退院は厳しいと言われ

それでもどうしても舞台に
立ちたい気持ちでいっぱいで、、

何度もかけあったりしたんですが

後遺症が残ったり突然痙攣を起こしたり
とにかく危ない状況ではあったので
詳しく病状を聞いて命に関わることだから
って先生と家族と運営の方々と
たくさん話し合って

止むを得ず断念しました。

幸いだったのは咽頭扁桃炎のおかげで
早期発見が難しい髄膜炎が
とても早い段階でわかったこと。

もっと言えば、最初の病院で
風邪と診断されたけど

もともと頭痛持ちだったから
処方されるはずだった薬はすでに
服用してて効かないって
ことが自分でわかっていたこと

それで薬が効かないならもっと重い
違う病気かもしれないってなったんです


大げさとかではなく最初の病院で先生が
気づいてくれなかったら
私は死んでいたかもね

なにがあるかわからないんだって
本当に思いました



まず“ずいまくえん”って言われても
なんのことだかわからないし

そんなに自分が重症だと
全く思ってなかったから突然のことすぎて

私は頼れる家族が近くにいないから
最初ひとりですごく不安で不安で
堪りませんでした

舞台の本番が始まった日も
検査や点滴の合間にツイッターやネットで
みんなの状況や感想を
調べることしかできなくて

送られてくるみんなの円陣の動画とか
楽しそうな感想をみては

ほんとはそこに
自分もいるはずだったのにって
悔しくって悲しくって
そしてたまらなく申し訳なくって

泣いてばっかりでした


代役の宮田さんがすごいって
宮田さんが良かったって
とてもたくさんのツイートを見て

このままわたしが戻らない方が
ずっといいものなんじゃないかなって

わたしが頑張ってきた1ヶ月半が
とても無意味な気がして
眠れなくなったり

病院にいても考えばかりで


だけど、キャストのみんなの
「待ってるよ」って言葉とか

ファンの方の、なにも聞かず
「大丈夫だからね」って言葉だとか

家族や友達の心配混じりの
説教とかね笑

泣いてばっかりの私に
同じ病室のおばあちゃんたちが

くよくよしてたら病気になるのよ!
まだ若いんだから
何度だってやり直してやればいいじゃない

って漬物とかプリンとか
いっぱいくれたり笑

いろんな言葉に救われました。

不安なんて底がないくらいあったし
体調のことも辛かったけど
退院して舞台に立ちたいって思ったのは
その言葉があったから。

でも入院できて隅々までちゃんと検査して
自分の体と向き合う時間を
初めて作ることができました。

公演間に合わなくて
見られなかった方にはとても
本当にとても申し訳ないけど

わたしきっと立ち止まるのが苦手だったから
いい機会を与えてもらったのかなと
前向きに考えてます

私の演技を見せられなかった方にも
いつかまた何かの機会できっと。

だから私も前向きに活動していこうって
思ってます。また舞台に立てますように。


今回の舞台は決して
無事に終了とはとても言えないけど
一度でも立つことができたのは
奇跡だったのかなと思います。

というか、3回も立てたのは
本当に幸せなんじゃないかなって。

舞台に立った日の3日前までは
何十本も血液検査したり
麻酔をして髄液を抜いたりして
寝たきりだったり

血圧が下がりすぎてしまったから
車椅子移動だったのに、、、

そりゃ医者も驚く回復力ですよ。笑


復帰してからも
たくさん厳しい意見はあったし

申し訳ない気持ちも
もっと井村解を演じたかった気持ちも
どうしようもないことを責められて
やり場のない思いも
余裕が少しもなかった自分も

全部が苦しかったし

毎日袖幕のところで泣いたり
帰り道も泣きながら帰ったりしたけど

それもすべてきっと財産になるね

責めないでよ!とか思ったけど
責められて当然ではあるのよ

いまならわかる。全部自分が悪いもの。

病気はきっとわたしを選んだんだなって
そう思う

そして苦しかったのは私だけじゃない。

みんなもきっと計り知れないほど
大変だったと思う。

自分が見えないところで

急にできた困難に戸惑ったり
変更するところもたくさんあって
すごく大変だったのが
痛いくらいにわかるから。

舞台に立てない辛さを思って、
心配をして、泣いてくれた人たちもいる

わたし、みんなの空気に戻れるのか
すごく不安だったけど
戻ってきやすいように気を遣ってくれてた
キャストやスタッフの皆さんがいてね

そして急な代役だったのに
たくさん負担をかけてしまったのに

嫌な顔1つせず、一から丁寧に
変更点とか立ち位置とか教えてくれた
宮田桃伽さん。、、ももちん。

とてもいい人たちとお仕事できたなって
すごく思いました。

ももちんとは別の形で
いつか一緒にやりたいです。

とても素敵な方。

前回一緒だった温子さんも唯さんも
お姉ちゃんみたいに
心配してくれて、、、

剣崎さんも見にきてくださって

演劇をやってる人たち
素晴らしいなって。


みんな売れろ!絶対売れろ!とか
めっちゃ思ってます。笑

舞台に穴を開けたことは
この先も自分には
傷として残るかもしれないけど

また一からね。また始めよう。


いつか再びチャンスが来ますように。



そして私は解ちゃんが大好きだったよ

それはまた今度☺︎



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みんなで撮った写真に
わたしはいないけど

ちゃんと全部を受け入れて

また頑張っていこうと思います。

とても素敵な時間を

どうもありがとうございました。


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