ブラペ妄想  結果は変わりません

大丈夫な方だけどうぞ




ザーン   ザザーン……………



遠くに………波音が聴こえる…………

感覚はどこか、ふわふわと、頼りなく

まだなんだか頭の中にモヤがかかったような

けれどそれも心地よくてしばらくはその感覚に身を任せてみた



どれくらい経っただろうか


カサッと僅かに衣擦れの音がして

意識が一気に浮上する


「………ぁ………」


2,3度の瞬きのあと口を開いてみると、カスカスな声が漏れた

そしてその声に反応するかのように視界の隅で黒い塊が動く


「目、覚めたか…」


驚きはしなかった

なぜだか、彼がそばにいるのは当たり前のような気がした

30年以上も離れ離れだったというのに………


「…せ、しろ……」


呟いて目線を向けると、眉間に皺を寄せた、己と同じ顔

……ふふ、ジュノが言ってた通りだなその顔

いつも難しそうな不機嫌そうな顔をしてボソボソとしゃべる、だから聞き取れないこともあって大変だったんだ、とジュノはよく愚痴をこぼしていた


そんなことを思い出していると、彼はさらに眉間の皺を深めて不機嫌丸出しの声で


「何笑ってんだよ」


おや、顔に出てたらしい


「ふふ、ちょっとね、色々思い出しちゃって……」


「どうせあの小僧がなんかお前に余計なこと吹き込んでたんだろ」


「ジュノはほんとにキミのことが好きだね」


「………」


おやおや、黙っちゃった

無表情を保ってるけれど、耳朶が赤いよ、征司郎

もう少し、かわいい弟の顔をしっかり見たくて、身体を起こそうとすると、ツキンっと胸が痛む


「っ……」


「まだ下手に動くな。薬が少し効いてるだけで根本的に治った訳じゃない」


そう言いながら征司郎はボクの身体を元通り横たえると少しづつベッドの角度を変えてくれた


あぁ、よく見える


病人のボクよりも青白い顔をした、大好きな弟

キミが、ボクのために、色々してくれてるのはムッシュから聞いたよ

キミだけじゃない、たくさんの人が、

ボクのこの壊れかけた心臓を治そうと………


たくさん手を尽くし、たくさんの過ちや犠牲を生みながら

それでも、ボクの心臓を治そうとしてくれたんだよね


「………merci」


「あ?」


でもね、征司郎

ボクは天才心臓外科医だ

世界で唯一、ダイレクトアナストモーシスを行える天才心臓外科医だ

そしてボクの心臓は、その唯一の手技であるダイレクトアナストモーシスでしか治せない

ボクの、ダイレクトアナストモーシスでしか、治せない

そのことはボクが1番よく分かってる

だって自分の心臓だもの

だってボクは天才だもの


「ねぇ、せーしろ」


「ん?」


「桜は、咲いたかなぁ」


征司郎は窓の外を眺めながら


「もうじき、咲くさ」


とても、優しい声で言った


「そっか…………見たかったな」


「…っ………一緒に、見るんだろ」


「せい………」


「あいつも、待ってる………」


脳裏に、しっぽをブンブン振ってるでっかい忠犬が思い浮かんだ


「ジュノは、ボクの、忠犬だから、ね……」


ハァ、息が………


「まだもう少し休め、この1年働きすぎたんだよ」


そう言って征司郎がベッドのリクライニングを元に戻した


「そばに………」


「ああ……」


窓の外の真っ青なゴールドコーストの空に横切る白いひこうき雲


神様、出来ることならば、あのひこうき雲に乗ってもう一度あの地に…………


無理だとは分かっていても


そう願いながら

ボクはゆっくりとまぶたを閉じた



ザーン、ザザーン、

再び、遠くに波の音が聴こえる