私が生まれ育った場所は大阪府。
今でこそ高速道路が通り、大きなビルがたくさんあるが、昔は山と山緑に囲まれた何もない所だった。
戦争中の疎開地は知らないが、多分ああいうところだろう。
女の子でありながら、遊びといえば夏はカエルを握りしめ、セミや蝶を追いかけた。
秋は銀杏を拾い、おばあちゃんが作ってくれるやきいもがごちそうだった。
膝のあたりに今でも古いキズが残っているが、それはその頃にできたものである。
父は職人で酒が好きだった。
手を上げることはなかったがいつも怒ってばかりいた記憶がある。
魚を調理するのがとても上手で、さんまの押し寿司がおはこだった。
母は看護士。
まじめな人であったが夜勤明けなど朝帰りもよくあり、かまってもらった記憶はあまりない。
隣に住んでいたおばあちゃんが私のお母さん代わりだった。
3姉妹の末っ子だった私には9つと8つ歳の離れた二人の姉がいる。
姉達はともに綺麗な顔立ちで、社交的で、いつも男の子達にかこまれていた。
時折ボーイフレンドを家に招きいれ、その男の子たちは姉の気を引くためか私とも一緒に遊んでくれた。
学校から帰ると誰もいないはずの家の中から物音が聞こえることがあった。
玄関を開けると同時にその音は消え、ふすまの向こうから姉とボーイフレンドが顔を出す。
タバコの匂いが奥から流れ出し、うすらとぼけた姉は何事も無かったかのように笑ってお帰りと言ってくれた。
陽の当たらないふすまの奥の部屋。
牛乳瓶の灰皿と敷いたままの布団のはじ。
開けられたふすまの隙間から見え隠れしたそれが、どういう意味なのかわかるようになるには、まだまだ私は幼すぎた。
わからないことに好奇心が起こるはずもなく、ただ、それは「見てはいけないもの」として、その空気だけを感じ取った。
ボーイフレンドたちは気さくに私の名前を呼び、陽気な話題で私を楽しませた。
同世代が知らないはずのウルトラQやハリマオなどのマンガのキャラクターをよく知っているのも、きっと姉や家に遊びにきたボーイフレンドの影響だろう。
そのせいか私は、いつかしら同世代の男の子たちを「子供」と思い込み、幼稚な行動を冷めた目で見るようになっていた。
マセた女の子は、それらのことが背伸びと理解することもなく、ただ「当たり前の環境」と受け入れていた。
それは蒸し暑く、寝苦しい夏の夜のことだった。
私はおばあちゃんの腕にしがみつきながら、テレビを見ている。
テレビ番組のタイトルは夏の夜にふさわしく、恐怖映画「吸血鬼ドラキュラ」
月夜の暗闇から現れる恐ろしい影は、小さな女の子をビビらすには十分すぎる演出だった。
飛び交うコウモリとその効果音。
誰もいないはずの窓際に立つ黒い人影。
かっと見開いた充血した目。
太く、そして長く伸びた恐ろしい牙。
私はたびたび目を力いっぱいつぶり、おばあちゃんにしがみついた。
怖いけど見たい・・・でも、怖い。
恐怖は麻薬のようなものなのだろう。
画面いっぱいに映し出される恐ろしい映像は、私を容赦なく恐怖の世界へと追い込んでいった・・・
布団の中。
おばあちゃんは隣で寝入っているが、私にはいまだに睡魔は訪れない。
さっきテレビで見た場面が頭の中でよみがえることと、蒸し暑い熱帯夜のせいだ。
寝返りを打つ細い身体には、タオル地のシーツが絡み、髪は汗でまとわりつく・・・
吸血鬼がゆっくりと、少女の柔らかな身体に近づいてくる・・・
充血した眼は妖しい光を放ち、少女は身体を開いたまま動けない・・・
髪をかきあげ・・・鋭く尖った牙が・・・少女に襲いかかる
頭の中で何度もめぐる光景が、なぜか今は怖くない。
そう・・・あれほど恐ろしかった映像効果も、いまでは「なぜだろう」「どうして」と疑問にもなる。
あの吸血鬼はなぜ・・・なぜ少女しか襲わないの?
眼を見た瞬間に少女が動けなくなるのは・・・怖いからではなく、暗示かもしれない。
そんな疑問と自分なりの解釈が頭の中で交差する。
首筋に噛み付くとき、舌を出して、まるで注射をする前の消毒を・・・はっ!
イ、イマ・・・アタシノ・・・カラダ・・・ニ・・・デンキガハシッタ・・・
その瞬間、汗は流れるように身体中から噴き出し、首筋を中心として頭へ、首筋から脚の先までと身体中を電流が走った気がした。
簡単なことだった。
生け贄となった少女と・・・自分を置き換えてみただけの簡単な作業だった。
大きな身体からのびたたくましい腕が・・・優しく私を抱きしめ、そして包み込む・・・
髪をかきあげる指は細くしなり・・・私はたったそれだけで、もう、力が入らないの・・・
力強い牙は「男」の象徴だったのね・・・
その太く尖った牙が・・・
私の身体の中に・・・ズブリと音を立てて入り込んでくる
私は今!・・・犯されてしまうことを心から望んだ・・・
噛んで・・・
おねがい・・・噛んで・・・
はぁぁ・・・
あああああ・・・
堕ちるぅーーー!
・・・・
心臓の鼓動だけが聞こえた。
目を開けることには、まだ抵抗があった。
私は今、いったいどうしてしまったのだろう。
声をあげて誰かに聞かれてしまったのかもしれないと、静かに目を開けて辺りを見回した。
大丈夫・・・ふぅ
頭の中で何かが光り輝き、胸の辺りで何かが爆発したような気がした・・・
私が始めて体験した経験。
少女が「女」に目覚めた瞬間だった。
あれはオナニーだったのだろうか・・・
夢だったのかもしれない・・・
それがいずれにせよ・・・誰にもいえない私の記憶だ。
れんの世界 吸血鬼 一 完