がんばらないをがんばるってもう何言ってるかわからない
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あなたがいなくなって17年がたちました

あなたのことをあなたを知らない人に話すと「17年も経つのか・・・」と

長いですか?

 

あなたが生きた26年の半分は越えました

あなたの両親や兄弟があなたと過ごした26年

そしてあなたの不在と過ごした17年

まだ17年しか経っていません

 

あなたの生きた26年と

あなたのいない26年が

同じになった時

私たちの中で何か変わるのでしょうか?

 

 

 

私はあなたがそばにいるともいないとも思っています

それは多分私が都合よくあなたの存在を出し入れしているから

 

思い出さない日はない

なんて嘘です

 

誰もそばにいない時

一人寂しい時

悲しくて不安で憤っている時

あなたに話しかけます

あなたに触れた気になります

あなたが優しく話しかけてくれていると思っています

 

現実世界で触れる人がそばにいる時

私はその人たちに夢中で

あなたのことを忘れていたりします

 

でも

あなたについて話す時

 

私は私の感情に嘘はつきません

 

絶対に

 

 

それはそう思ってしてることではなく

そうすることしかできないからです

 

たとえその結果

誰かに振られても

敬遠されたとしても

 

それは私にとってたいした問題ではありません

 

私の一部ですから

 

 

私の「今」という世界は

あなたなしでは成し得なかったことだらけです

 

これからも都合よく話しかけ

都合よく忘れ

ふとしたときに思い出し

泣き

 

そして最後には一緒に笑顔になって

また泣きます

 

そんな毎日ですが

 

これからもよろしくおねがいたします

 

 

 

 

おかえりなさい

 

 

異国で生活をしていると

どんな時でも「母国語」でないことで問題や距離や屈辱感が生まれてくる。

 

それは、まあまあ「できる子」で学生時代を過ごした私にとって

想像以上にストレスなのだと思われる。

 

 

 

そら当たり前やし!って

母国語ちゃうんやし!同じようにはできやんし!

てかできてる方やし!私!

 

 

 

って思いたい反面、自分で気づかないところで「くやし〜!!」が蓄積されて行く。

 

 

だからその反動で、日本で仕事を探すときには「優越感」を優先してしまうのだと思う。

 

 

 

したいこと

得意なこと

 

もしくは

 

やりたくないこと

嫌なこと

 

 

そういう自分の感情より優先して基準にしてしまってるのは

 

 

「経験が活かせる」

「さすがって言われたい」

「バカにされない」

 

 

ていう結局貧乏性な考え方に寄ってしまってることに気づいてしまった。

 

 

勿体無い

年齢的にどう?

得意じゃないことしてバカにされるの嫌

薄給?今更?

 

 

プライドとか「すべき」て邪魔なんだけど、いらないものってわかってるんだけど

それを取り除くのって本当に難しいなって思う。

 

 

こんなだから仕事に気持ちもはいらないし、

やりたかったこと!て思い込んでるだけで実際は嘘の感情だから

なんだかうまく回らなかったりする。

 

 

 

 

 

 

休みの日になんかしないと「もったいない」

お天気いいのに出かけないとか「もったいない」

会員だからたくさん行かなきゃ「もったいない」

食べてくなくても捨てるなんて「もったいない」

 

 

ホント

 

 

オバケだらけ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3ヶ月くらい書いてなかったブログ

 

特に今悩んでることもないし、ずっと気になって気になって仕方なかったことも

(仕事をひとつ辞めるとか、引っ越すとか)

実践したし「ちゃんと」思うままに「できてる」って思ってた。

 

まあ、書いてみてわかるように

自分以外の誰のために行動してるわけでもないのに

結局、何をするのも自分の内からの目線でなく

外からの目線なんだとぼんやり自分でも気づいてる。

 

だからかどうかはわからないけど一向に体調不良が改善されない。

 

こういうストレスの原因がぼやけてるって本当にめんどくさい。

 

 

 

悩んでいない

 

不安でもない

 

焦ってもない

 

悲しくない

 

辛くもない

 

 

 

な、はずなのにちょっとのことでイライラがグンと悪化するのも

行き場のない怒りのようなもので泣けてきたりする日もある。

 

 

ただの低気圧

 

ホルモンバランスが原因

 

そんな日もあるよね

 

 

 

 

そう言い聞かせてきただけで(実際それでいい時もあるけど)何も解決してなかった。

 

 

 

心の奥の深いところは長期間閉ざされすぎてて

ちょっとやそっとじゃ到達できないから

その日その時のしたいことをやってみるものの

それさえも本当の気持ちなのか自分のことなのに

自分のことだからこそわからない。

 

上っ面が「義務」「常識」でコーティングされすぎて(戦鎚の巨人並みに)

開けようとすると無駄に疲れたり具合が優れなかったりする。

 

 

 

道はこっちであってるのかな?

 

 

 

これの答えはないと思っている。

もしくは同じ答えが待っていると思っている。

 

 

このスタートでまず壁を壊さないと

ゴールにはたどり着かないと

いつまでも同じところをぐるぐる回っているだけだと

気づいたらスタートさえできてなかったと

 

 

 

まずは自分に染み付いた「当たり前」「罪悪感」から解き放たれたい。