Paul Warfield Tibbets, Jrポール・ウォーフィールド・ティベッツ・ジュニア(ポール・ティベッツ陸軍大佐)は、世界大戦で有名なパイロット。アメリカにとっては英雄らしい。


1945年8月5日21時20分、ポール・ティベッツ陸軍大佐がエノラ・ゲイの搭乗員に「今夜の我々の行為が歴史を作るのだ」と伝える。


彼は、任務を果たした。B-29のNose artをみればわかる。

First Atomic Bomb Hiroshima - August 6 1945

(世界)最初の原子爆弾 1945年8月6日



enolapilo ポール・ティベッツ陸軍大佐は、本来の44-86292号機機長であったロバート・A・ルイス大尉のB-29を、「エノラ・ゲイ」と名づけ、原爆投下任務にあたることになった。1945年8月6日午前2時45分、テニアン島から離陸し日本を目指す。


午前7時過ぎ、。クロード・イーザリー少佐のストレート・フラッシュ号から連絡が入る。
「天候晴れ、歴史的爆撃作戦に支障なし。視界10マイル、高度15,000フィートの雲量12分の1」




Little Boy 少年彼は「Little Boy 少年」という。 8月6日 8時15分、広島市投下。

人類史上初めて実戦で使用された核兵器「Mk.1」だ。 ポール・ティベッツ陸軍大佐が「歴史を作るのだ」というように、歴史に残る大惨事となったのだ。

焼失面積13,200,000m²、死者118,661人、負傷者82,807人、全焼全壊計61,820棟。



1945年8月6日 原爆投下 エネルギーは爆風・熱線・放射線の形となって放出された。広島は、100年草木は生えぬと思われるほどの崩壊であった。つまり生命体が存在する地帯ではなくなったということである。人も動物も植物も。

蝋人形が溶けるように、人は死んでいったのか。
瞬時に肉体が消え去って、骨まで残らなかったのか。



熱線による影 熱線により、壁の影の跡が残った。もちろん「人」の影も残った。
黒こげの死体か、影だけになるか、生きながら地獄に行くか。


戦争は終わらない。傷跡は癒せない。

だから、戦争は次がないようにするだけなのだ。

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