日銀がマイナス金利導入、庶民の暮らしに影響!!
こんな見出しが新聞に書いてある、、、おいおい本気で書いてるんか?
暮らしに影響って、ほんとにあると思っているのか?庶民に?

100万預けて、年間250円の金利が200円になる、年間50円で
どんな影響があるんだ???1億あって年間5000円、
そもそも1億も現金持っていたら、年間5000円の金利で右往左往しないでしょ?
結局影響があるのって、銀行さんとか保険会社さんとか、
大金で大金儲けようとしている金融やだけでしょ?
だから国債がマイナスになるうと違うんかな???
庶民に金使わせたかったら、昭和の末期金利が6%だ7%だのころに
戻さないと、、、、6%あれば、1000万の貯金で60万、
サラリーマンにとってはデカい収入になる。半分は使ってやれくらいの
気持にもなるでしょう。。。。。素人意見ですが。。。

マイナスだろうがプラスだろうが、どうでもいいような金利に
とっくの昔からなってんだから、、どこの企業だって散々痛い目にあわされて、
今更金利が下がったから借り入れしようなんて思っている経営者がいたら、
早晩つぶれる会社に間違いなし。。。
どこの企業だって社内留保増やして備えていたから
従業員に還元したくても怖くて出来なかったんだから、たっぷり貯めてるから
今更金なんか借りないでしょ。年間数千円金利が下がっても慌てないでしょ。

と言いながら、そろそろ買い時かな??なんて考えている自分が悲しい、、
けど銀行に自由に使っていいよって金預けて、挙句手数料取られる時代が来たら
誰も預けたくないよな。。。。
なんだか解らない世の中になってしまったな。。。
少年時代の賭博遊びは小学生で卒業となり、中学に入ると麻雀とパチンコに更けるのが
当時の子供たちでした。。。。特別不良ではなく、普通の不良です。
今思うととんでもない事だらけだけど、本当に楽しかった。。。
近所には変な大人がたくさんいたし、変な先輩もたくさんいたし、変な友達もたくさんいたし、、

戦後の名残ではなく戦後そのままみたいな所でしたので、半分無法地帯に近い環境でした。
無法地帯を環境と呼んでいいのかどうかですが、、、

変なおじさんは昼間から子供がたむろしている神社に向かって、窓を全開にして妙にだらけた感じのおばさんを昼間からいじめていて、子供たちが覗きにきても知らん顔していじめていた。
そう大分後になって分かったけど、子供相手にSEXを見せて喜んでいる変な夫婦だった。
銭湯の女風呂を除くときのワクワクドキドキとは全然違う、妙に気分の悪くなる光景で
あったことはハッキリと覚えている。。。。

3つ上の幸ちゃんが内緒で見せてくれたのは、油紙に包まれた拳銃だったり、外人のヌード写真だったり、おいおい小学生だろうって。。。
そんな環境だったので、中学生になるとほぼ同時にパチンコ通いが始まる。
制服のままで入れてくれるなんて素敵なパチンコ屋だった。。。
10時の開店からパチンコ屋にたむろして、勝てば喫茶店で昼飯、負けると学校に行って給食。
あまりの無法ぶりだったけど、先生がパチンコ屋に迎えに来たことも一度や二度じゃない。
なのに特別怒られた記憶もない、いったいどうなってたんだろう?

大人になってから当時の先生に聞いたことがある、あの頃は大変だったと、、
生徒同士の喧嘩で両親を学校に呼んだら、方や◎◎組のプラチナ、方や◎◎一家の的屋さんで、
校長室で切った張ったの本物の世界が垣間見えたそうだ。
両方ともちゃんと親の跡継いで今もその世界でやっていると噂では聞いたけどどうしてるのかな?

周りを見渡して、親兄弟親戚にやくざが居なかったやつって本当に少なかった。
幸か不幸か多分堅気の家系は自分だけじゃないかな???

パチンコと一緒に始めた麻雀の師匠は、なんと学校の先生だった。。。
たぶんこれは内緒にしないといけないんだろうな。
某有名暴れ大学卒の先生だったけど、弟が地元ではチンピラで有名だったし
戦後間もなくの生まれなので、きっともっとすごい世界にいたので、気にもしなかったんだろうけど、何しろ地元の雀荘には出入り禁止ていうくらいのイカさま雀士だった。
あれやこれやいかさまを習い、ガキをいいことに今度は本当の賭場、もぐりの雀荘巡りをしていた。買っても負けても一晩で5万が良いところのレートだったけど、ほとんど負けた記憶がない。

そんな仲間ばっかりだったので、高校に進学なんかするほうが少なく、
30人くらいの中で高校を無事卒業したのは、二人しかいない。
でも皆立派に今も生きているし、親分になって引退したやつもいるし、
もちろん長いお勤めに出かけているのもいるし、殺されたやつもいるけど
今となっては誰もが単なるジジイ以外の何物でもない。。あの頃は良かったよなーーといっては
酒を飲んでるだけのだらしないオヤジです。
びっくりはほぼ皆の子供が、大学行ってる事かな。。。。。。
清原が逮捕されて連日報道されているが、有名人だから本人は致し方なしとしても
子供がいるとのこと、この子供達が心配である。

昔の下町ではお父さんがよく病気になって入院しているって家が沢山あった。
向かいのさとちゃん、後ろの幸雄ちゃん、肝臓やら糖尿とやらで年中入院していた。
後々解ったのは、病院ではなく刑務所だったんだけど。
子供をだますには十分だった。
何も知らない自分などは可哀想だななんて同情までしていたし。
我が家の母親もそれを信じていた。
だいぶたってからカラクリを話したら、妙に納得顔をしていた。
そうだよね、3年も入院してて急に元気になってたしねーーー
呑気な人なら大人でも騙せたんだよな。。

で今回の件、世間から子供を守るすべが無くなっているから心配です。
奥さんは気が付いていたんだろうな、それで離婚になったんだろうと思う。
子供を守る唯一の方法だったのかも知れないな。。。

覚せい剤中毒者って昔の東京には沢山いた。。薬物中毒なんて言い方はしない
ポン中、またはポン、そう呼ばれていた。あいつポン中だから気を付けろやみたいな感じで
使われていた。。。。ヒロポン中毒の略である。
そしてこのヒロポン、覚せい剤そのものなんだけど、なんと製薬会社の商品名だった!!
それどころか戦時中には国策として奨励されていたなんていう、にわかには信じ難いのだが
文献などを見ると真実のようである。
戦後になっても暫くは、ヒロポンの名前で販売されていたんだから困ったものだ。

さんざん服用して中毒になっていた者たちが、後々自家に密造工場なんか作っていたらしい。
精度の問題もあるんだろうけど、そんな工場があちこちにあったのが昭和の30年頃の
東京の下町。禁止にしたはいいけど、結局地下にもぐってしまい、今でも暴力団の資金源とやらに
なったようで、周りにはポン中おじさんやおばさんが沢山いたな。。。
でも子供を守るすべは今より数段知っていたんじゃないかな。。。きっと、