大雪の予報が出ていた日、どうせ予報のようにはならないでしょ、と舐めていた私は、友達と渋谷に映画を観に行っていた。
午後1時からの回を観て、お茶を飲みながらゆっくり話して、そろそろ帰りましょうか、と外を見たら結構降っていて驚いた。

でもまだそれほどとは思っていなくて、少しウィンドウショッピングなどしてからバスに乗った。
電車だと駅から歩かなきゃならないけど、バスだったら家の前まで行けるから大丈夫!と高を括っていた。


ところが、半分も乗らないうちにどうも様子がおかしい。
ウィ〜ン、ウィ〜ンと変な音がしている。
もしかして、タイヤがスリップしている?

そのまましばらく頑張っていたようだが、少し行ったところで車内にアナウンスが流れた。

皆さまお急ぎのところ、大変申し訳ありませんが、チェーンを装着するためしばらく停車致します。


運転手さんは一人でバスを降りて行った。
そのまま戻ってこない。
だいぶ経ってから戻って来て、少しバスを動かし、また降りて行った。

またしばらく…戻ってバスを少し動かす…また出て行く…


それを何度も繰り返し、40〜50分位も経った頃、大変お待たせしてしました、発車いたします、と雪だらけになった運転手さんはアナウンスをした。


ジャラジャラと変な音を立ててバスは出発した。
でも、すぐ止まってしまう…
どうもスリップした車が道を塞いでいて、進めないらしい。


窓から外を見ると、確かにハザードを点けた車が何台も何台も道端に停まっている。


実は出かける時、なかなかバスが来なくて、車で行っちゃおうかしら、と一瞬考えたのだった。
スタッドレスタイヤを履いてないんだけれど、さっと帰って来れば多分大丈夫なんじゃないかしら…


でもやめて良かったわ…この車たちの中の一台になるところだった…



そろそろとバスは進み、すぐ止まり、しばらくそのまま動かない。
だいぶ経ってからまた少し進む。
そしてすぐ止まる…


運転手さんはその都度乗客に謝り、もちろん誰も文句を言う人なんていないんだけれど、何となく重苦しいうんざりしたような空気がバスの中に漂っていた。


気がつくと渋谷を出発してから2時間以上も経っている。
普段も結構渋滞したりしていると1時間近くもかかったりする事もある路線なんだけど、こんな事ってあるんだなぁ、とぼんやり考えながら乗っていた。



やっと家の近くになった。ところがここからが本当に進まない。
ここで降りて、歩いちゃった方が早いかも…
でもすごい雪だし、もう少しだから…


運転手さんは努めて明るい声で、時々謝りのアナウンスをしている。
天候のせいであって、運転手さんのせいじゃないのに、しかもそれに対して誰も何も反応しないのって…


私は降りるときに、運転手さんに労いの言葉をかけてから降りよう。
何て言えばいいかな、お疲れ様です、ありがとうございました、って言えばいいかしら。


最後の30分くらい、ずっとそんなことを考えていた。




やっと家の前まで着いて降りる時、なぜか沢山の人が乗って来て、入口でわやわやしているので、ここで話しかけるのも迷惑かな、と怯んでしまって、結局運転手さんにはお礼を伝えられなかった。


前の方に座っていたらまだしも、後ろの方だったから…と自分に言い訳してみたけれど、何となく気持ちが晴れなかった。


雪まみれになってチェーンを付け、お客さん達に明るい声で謝り続け、事故を起こさないように安全運転をし、一人で奮闘していた運転手さん、あなたはかっこよかったです!




家に帰って時計を見ると、渋谷を出てから3時間経っていた。
ちょっとした小旅行くらいの時間。
雪の街を見ながら、バスに揺られて。

珍しい経験だった。




雪はそのあとどんどん降り積もり、バルコニーからの眺めもいつもと全然違うものになっていた。


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