2021.8.22(日)
夫が亡くなった日
日曜日の朝、いつもよりゆっくり起きた。
もう何年もアルコールに溺れている夫のいるリビングに行きたくなくて、2階の寝室で娘と息子と携帯をいじりながらずーっと「下に降りたくないねー。でもお腹空いたね」と、9時過ぎに階段を降りた。
先頭は中一の娘。次に私、そして小3の息子の順。
先頭の娘がもうすぐで1番下の段に着く寸前、
「わっ!!!血まみれ!!」
と、慌てて引き戻ってきた。
私はとうとう旦那が転倒して頭でも切ったかと、意外と冷静に「なになにー??どうしたー?」と、先頭の娘とバトンタッチして階段を降り切る…その目の前に見える光景に唖然とした。
もう数ヶ月お風呂にも入らず、失禁しても着替えもせずにいた彼が、血まみれになって横たわっていたのだ。
実はこの数日間、私は最後の悪あがきを必死でしていた。
18日には何年も絶縁していた義父へ
「もう私だけではどうにもできない。助けてください」と連絡した。
義父からは唖然とする回答がきた。
「息子だけどもう【他人】なんだよ。ほら、もう家を出ていってるんだから。」
もう何を言っているのか理解出来ずに、ただ呆然としていた。
そして19日には市の保健センターへ
以前より何度も相談をさせてもらっていた相談員さんに、お金はないけど別居する方法がないか、離婚に向けて決意をしたので教えてくださいと、相談していた。
20日の金曜日の夜
夫が下痢を漏らした。
トイレにはどす黒い便でちらかっており、便に塗れた下着やズボンはそのまま脱ぎ捨てられ、汚れたままリビングのソファーに座り、酒を飲み続ける夫。
血便をしているかも。これは病院に行くラストチャンスだ!と思い、迷わず救急車を呼んだ。
部屋中に便臭が漂い、年頃の娘は怒りと悲しみでいっぱいだった。
救急隊員が到着し、まるで公衆トイレのような部屋の中に入った。
何年もアルコール依存症で何度か救急車を呼んだこともある事、そのたび「本人の意思なしでは救急車に強引に乗せていくことは出来ない。」と言われ、今に至ることを説明した。
もう何ヶ月もまともに食事をとらず、ガリガリに痩せた夫の姿があまりにも酷かったからか、女性の救急隊員さんが「今日は病院に行きましょう。絶対連れていきましょう。奥さん、よく頑張りましたね!」と言ってくださった。
このコロナ禍で、救急隊員もとても忙しくしていただろう。
それなのに、根気よく夫に声をかけて説得してくれた。
「お子さんが泣いてますよ。お父さんでしょ?元気になってまたたくさん笑えるようになりましょうよ。」
「もう奥さんも心配してます。」
1人の方は受け入れてくれる病院を十数件当たってくれたが、アルコール依存症はなかなか救急で受け入れてくれる所がないことを私に告げた。
続く