”上手に生きるのが難しいんだ”
男は一言吐き出すようにそう呟いた。外は薄暗く雨が滴っていた。男の心の中とどこか重なりあった。
だから男は花屋を強盗することにした。男は包丁を持って花屋の方に向かって歩きだす。お店の前に着くと大きなガラスの窓の向こうに色んな色や形の花が見えた。目に映りこむその花やらが本能で美しいと感じた男は無性に腹が立ったのでとうとう近くに落ちていた鉄パイプを握りしめ力いっぱい振りかざして窓を叩き割った。”ガッシャン”という音と共にガラスが辺りに砕け散った。外はまだ雨が降っている。砕け散ったガラスの一部が濡れたコンクリートの上に飛び散った。その破片はお店の中の花にも降り注いだ。男はしばらくその場に立ち尽くしていた。すると衝撃音に異変を感じた花屋の主人が奥から駆け付けた。「何てことだ」主人は険しい顔をしてその光景に唖然とする。男はまだその場に黙って立ち尽くしている。そうしてしばらく時間が経った時雲の隙間から太陽の光が差し込んだ。背中に感じる光の暖かさで男は振り返り空を見上げた。その光は徐々に存在を膨らませていきガラスの破片が降りかかった花やらにも優しく降り注いだ。そこで目にしたのは、ガラスの破片が光に反射して、今まで見たこともないほどに美しく輝く花の姿だった。それはやけに美しかった。どうしようもないほどに美しかった。自分の心が随分前から酷く砕けている男とは対照的に。
すると絞り切った声で男は「綺麗な花ですね」と一言だけ口にした。どうしてそんな言葉が今の自分の口から出てきたのかは男自身も分からなかった。花屋の主人は一瞬困惑したようだったがすぐに正気に戻るとそこに並ぶ沢山の花の中から何本か引き抜くと男にそれを差し出した。男はそれを無言で受け取ると、花は自分の胸の前でいつまでもガラスの破片と陽の光のおかげできらきらと輝いていた。男は嬉しくなってその何本かの花を握りしめたままその場を去った。そしてそのまま横断歩道の方に向かって歩き出した。濡れた地面に男の足音が少しだけ弾んで響く。もうさっきまでの雨雲はどこにも見当たらない。雨は止み外はすっかり晴れていた。