子供は親を選んで生まれてくる、とか、
人生の学びを自分で決めて生まれてくる、とか
いうけど。

ニール・ドナルド・ウォルシュ著の『神との対話』
「小さな魂と太陽の話」を、偶然目にした。

魂が、「許す」ということを経験したい、
と神様にお願いするというストーリー。








そうか、魂の学びってすごいんだな。
人間界ではマイナスなことでも、
あえて自分で経験したいって、選んでくるんだ。

その話が本当かどうかなんて、わからないけど、
そういうふうに考えるとすると、

姑も、いまの人生を自分で選んできているとしたら。
一生懸命、魂が学んでいるところなら。

私がどうこうできるわけないし、しなくていい。

私は姑とのトラブルで、精神的にも肉体的にも
いままでにない辛い思いをしたけど。

いっぱい考えたし、学んだと思ってるし、
でもいつまでも辛くていいわけじゃなくて、
もう嫌だ、変りたい!って思った。

私は私の学ぶべきことを学んで、
経験をして、次のステップに行くことを選んだ。

それも、そのように決めてきたのかもしれない。

でも姑は、「次に進まない人生」を
選んできているのかもしれない。

ずっと横で見ていたわけじゃないから
わからないけど、話を聞く限りでは、
姑は昔から本質はなにも変わっていない。

幼い頃一番嫌だったことを、
還暦もとっくに過ぎているのに、
まだ繰り返しているなあって思う。

これこそ、この人はこういう人だから
仕方ないんだ。

この人は、この人生を選んで、
(無自覚でも)好んで生きているんだから、
しょうがないんだ。


そう思えたら、姑の言動にも、
いちいち反応しなくて済むかもしれない。

ああ、この人はこういう人生を
選んできたんだな。。。
いま魂が学んでいるところなんだな。。。

って思えたら、もう傷つかなくて
済むかもしれない。。。