これは、以前別のブログでちょろっと書いた内容です――
若気の至りと申しますか、中学生や高校生の時に考えたストーリーって、「無茶」なんですよね。基本的に。小学生の時に考えたのは問題外です
なんというか、オバさんと呼ばれても反論できない年齢になってから、改めて当時考えたストーリーを振り返ってみますと……
「今の私には再現不可能」
なんです
「いやあ、いくらなんでも、そこまで大人はバカじゃないでしょ」とか、「高校生程度の年齢のガキんちょに、そんなことできるわけないじゃん」とか、そういう視点で見てしまうのです。
そういう自己ツッコミが入ってしまうのは、どちらかというとライトノベルに属するものが書きたい、と思っている自分には致命的ではないか、と思ってしまうこともあります。ただ、私の考えも間違っている可能性もゼロではありません。
昔(4~500年前を意識しています。いくらなんでも昔すぎ?)は「子ども」が「子ども」でいられる時期がほとんどなかったので、10代後半でも、今の同年代の若者よりも、もっと多くの責任を負っていたかもしれませんから。今考える以上に、大人だった――というか、大人にならざるを得なかった可能性もあります。
現代が舞台ならまだしも、私のように「なんちゃって中世」を舞台にしている人間は、あまり「この若さで……」というのは気にしなくていいのかな、と思います。まあ、現代が舞台でも、「ファンタジーだから、空想の世界だから、こういうのもアリ」っていうスタンスは、あるかもしれませんね。
こういう状態なので、当時思いついたストーリーも、今の自分が咀嚼して「これでいい!」と思える状態にまで手直ししないと、出せません……。当時の構想を覚えていても、「この展開で、私、書けるのかなあ
」と不安になってしまうものでは、まだ寝かせないといけません。
大雑把に言うと、大学生くらいになってから考えたものは、今でも大丈夫です。それでも、3月11日の地震を経験してからは、「ちょっとこれは違うかな」と感じるものもあります。どうすればいいか、ちょっと考え中です。
ちなみに私の「理想の人」は、キャラクターが固まったのが10年ほど前なので、ばっちり大丈夫です
もしかしたら、あまりにひいき目で、正しい判断ができないだけかもしれませんが……
若気の至りと申しますか、中学生や高校生の時に考えたストーリーって、「無茶」なんですよね。基本的に。小学生の時に考えたのは問題外です

なんというか、オバさんと呼ばれても反論できない年齢になってから、改めて当時考えたストーリーを振り返ってみますと……
「今の私には再現不可能」
なんです

「いやあ、いくらなんでも、そこまで大人はバカじゃないでしょ」とか、「高校生程度の年齢のガキんちょに、そんなことできるわけないじゃん」とか、そういう視点で見てしまうのです。
そういう自己ツッコミが入ってしまうのは、どちらかというとライトノベルに属するものが書きたい、と思っている自分には致命的ではないか、と思ってしまうこともあります。ただ、私の考えも間違っている可能性もゼロではありません。
昔(4~500年前を意識しています。いくらなんでも昔すぎ?)は「子ども」が「子ども」でいられる時期がほとんどなかったので、10代後半でも、今の同年代の若者よりも、もっと多くの責任を負っていたかもしれませんから。今考える以上に、大人だった――というか、大人にならざるを得なかった可能性もあります。
現代が舞台ならまだしも、私のように「なんちゃって中世」を舞台にしている人間は、あまり「この若さで……」というのは気にしなくていいのかな、と思います。まあ、現代が舞台でも、「ファンタジーだから、空想の世界だから、こういうのもアリ」っていうスタンスは、あるかもしれませんね。
こういう状態なので、当時思いついたストーリーも、今の自分が咀嚼して「これでいい!」と思える状態にまで手直ししないと、出せません……。当時の構想を覚えていても、「この展開で、私、書けるのかなあ
」と不安になってしまうものでは、まだ寝かせないといけません。大雑把に言うと、大学生くらいになってから考えたものは、今でも大丈夫です。それでも、3月11日の地震を経験してからは、「ちょっとこれは違うかな」と感じるものもあります。どうすればいいか、ちょっと考え中です。
ちなみに私の「理想の人」は、キャラクターが固まったのが10年ほど前なので、ばっちり大丈夫です
もしかしたら、あまりにひいき目で、正しい判断ができないだけかもしれませんが……