生きてゆくことの意味
問いかけるそのたびに

胸をよぎる
愛しい人々のあたたかさ

この星の片隅で
めぐり会えた奇跡は

どんな宝石よりも
たいせつな宝物

泣きたい日もある
絶望に嘆く日も

そんな時そばにいて
寄り添うあなたの影

二人で歌えば
懐かしくよみがえる

ふるさとの夕焼けの
優しいあのぬくもり

本当にだいじなものは
隠れて見えない

ささやかすぎる日々の中に
かけがえない喜びがある

いつかは誰でも この星に
さよならをする時が来るけれど
命は継がれてゆく

生まれてきたこと
育ててもらえたこと
出会ったこと 笑ったこと

そのすべてにありがとう
この命にありがとう





こんにちは。ニケです。
作詞は竹内まりさん、作曲は村松崇継さんの「いのちの歌」という曲です。




孤独感を感じた時、寂しい時、やりきれないとき、この曲を聴くとなぜか心が暖かくなります。とても好きな一曲です。




前回、ニケが神様を信じていることをお伝えしました。(前回のブログ記事「神様の存在証明」参照)



「もし神様がいるのなら、どうして生きる意味を教えないのだろうか?」

悩めるニケの疑問はこれでした。



だってそうでしょう?
どんな事業だって、目的があります。

公共の利益のために税金があり、学校ができ、道路が整備され、救急車に乗れる。

企業だって、利益を追求する、社会に役立つサービスを提供するといあ目的があります。



それなら、生きることの目的だってあるはず、、、



でも、本当に目的はあるのでしょうか?



あるなら、生きる目的はいったいなんなのでしょうか?




ニケの考えた結論としては、目的はあると思います。

なぜなら、もし生きる目的がないならば、神様が人間に感謝の心を与える意味もないと思うからです。

ほかの動物には一切なく、人間だけに与えたありがとうという気待ちは、神様が人間に与えてくれたものです。

神様が、人間にありがとうの気持ちを持つように計らった事実の裏には、人生の目的があるように思えてなりません。

そして、神様は、人間が生まれたときに、人が生きる意味を忘れるように調整しましたのだと思います。



そうでなければ、ときどき前世を覚えていたり、胎内記憶をもつ子供がいることに対する説明がつきません。

小さな子供が前世の記憶を語り、その記憶が記録としてちゃんと残っているなんてことが現実にあるのですから驚きです。



でも、その前世の記憶や生きる意味は、今世では忘れた方がきっと都合が良かったのでしょう。

だって、なんでも最初から知っていたら新鮮味がなくて面白くありませんからね。それに初めてでなんでも知ったような顔をする子供がいたら全然可愛くありませんよね笑
まあ色々言いましたが、神様の真意はわかりません。




しかし、その意味を考えながら行動する過程で、様々な経験をし、人間の心が成熟していくことは、紛れもなく確かです。

答えはわからない。けれど、自分が信じる道を歩いていくこと、そのプロセス自体に意味があるのかもしれません。




プロセスの中に価値がある。

もしそう考える、感じることができたなら、寿命の長さで、人生の良し悪しは決められないことになります。なぜ人は生きるのか?忘れてしまった目的を思い出すことに頭を悩ませるよりも、生きている今、何を大切にして、どう生きるかが大事になります。




目には見えないけれど、大事なもの。
今日は生きる意味について考えてみました。



次回は、
一度きりの今世を、より良く生きるためにはどうしたらいいのか?

何を信じて生きていけばいいのか分からず、苦しいとき、何を頼りに生きていけばいいのか?

そんなことを皆さんと一緒に考えていければと思います。



今日もあなたにとって、素敵な一日でありますように。