いわゆる「パパ活」について語っている面白いブログに出会った。

「パパ活」というものが、お金だけでなく、男として人間としての「尊厳」を失っていることに気づいたというのが内容なんだけど、そんなものとっくの昔に失っているワタシからすれば、とってもナイーブな「パパ活」反省だと思った。このブログ主はまだ未婚の方なんだろうか、女性に対する感覚が研ぎ澄まされていて、女の子の言葉や表情に色々な本音や発見を読み取っているが、その多くはブログ主の失望につながっていく。そして、その最後に「自分が失っているのはお金だけじゃない、男としての(尊厳)なんだ」と失望を感じるのである。
ワタシからすれば「そりゃそうでしょう」という感じなんだけど、自分の30代を思えば、自分もそういう感覚だったんだろうなと思う。
「パパ活」って、要するに女の子の時間やセクシャリティを「買ってる」んだから、そりゃかなり割り切った取引になるのは間違いない。こういう取引ができる女の子のメンタリティもかなりのもんだと思う。これが逆に10代20代の若かりし自分が、40代や50代のオバハンにお金をもらって身を預けられたかというと、到底ムリな話だ。自分のカラダやセクシャリティを商取引にさらすというのは、それ相当の割り切りがないと出来ないことなのだ。そういう割り切りをしている女の子に「恋人ムード」求めるってお門違いも甚だしい感じがするんだけど。
でも、オトコはこういう勘違いしがちだ。自分は生々しい性欲をむき出しにしておいて、女の子には何かロマンティックなものを求めるという甘いところがある。女の子からすれば「んな訳ねーダロ!」って感じだと思うんだけど、どうもその辺自分に甘いオトコは多い。こういう取引するなら、出来るだけお金をはずんで女の子に喜んでもらうしかない。その上で「恋人ムード」をかもしだすのはアリかもしれない。あくまでも「ムード」だけど。

「女子大生パパ活で男が失うもの」、、、実は失うものなど何も無い。「女子大生パパ活」を思いついて手を出してしまった時点で尊厳なるものを失っており、一線を越えてしまっているのだ。今さら何を言いだすのだと言うべきか。