先週、ラブホじゃ無いチョットいいホテルでNちゃんを愛し、それからゴハンを楽しく食べたんだけど、Nちゃんとの親密の度合いはドンドン高まっている。

Nちゃんと知り合ってから、もう6年くらいになるんだけど(とちゅうブランクあり)、最近初めてお互いの名前と出自を明らかにした。それで親密度が高まったというよりも、5年以上かけてようやく社会的にノーマルと言えるお互いの認知にこぎつけたって言える。

最初に知り合ったのがオナクラのお店だったので、お互いのことは名前も何も知らないけど、性的サービス(主にチクビなめと手コキ、私からは触りと舐め)と金銭の交換をする関係だった。

なんとも不思議な関係ではないか。普通は「愛しあった」男女が親密の度合いを十分高めて初めてデキる性的な接触を「はじめまして」のうちにやってしまうのだから。「フーゾク」って本当に画期的な人間関係システムだ。

こういうのを経験すると、男と女は人間関係なんか無くても性的な接触ができてしまうということが分かる。お互いの素性なんて何も知らなくても、ペッティングしたりセックスしたりできるのだ。ソレってスゴくない?

確かにそれで動物的な「性欲」は満たされるが、やっぱりそこに人間的な親密さが加われば、もっと素敵な経験ができて、深い喜びが味わえるはず。「単なるフーゾク通い」が知ったような口をきくなと言われたらソレまでなんだけど、実際Nちゃんと、ほんの少しだけど、親密になってみると、なんか自分の中での愛情(もしかして執着?)がグッと高まったような気がする。

もちろん彼女のカラダに触れたい、自分の欲望を彼女のカラダで満たしたいというのが一番なんだけど、それと同時に「彼女を大切にしたい」という思いがあるのも確か。どっからどこが「性欲」で、どこから先が「愛情」だなんて分からないけど、彼女に感じるものや求めるものがビミョーに変わっている気がする。ただし「彼女を愛してる」とは到底言えない。「彼女を欲望してる」「自分の性的な渇きを彼女で癒そうとしている」というのが本当に近いところだと思う。

オトコは、こういう性的な欲望や衝動に駆られてセクハラ・強姦・盗撮・ストーキングという一線を越えた行為に走ってしまい、ついには社会的な地位や評判を一瞬にして失ってしまうのである。

そういうことからワタシを守ってくれるNちゃんは天使なのだ。