金子隆一『新世紀未来科学』
金子隆一『新世紀未来科学』(八幡書店、2001年)は、
人類の文化的資産であるSFに登場する科学技術をジャンル別に通観し、
未来科学の展望を語っている。
日本を代表するSF作家である小松左京は、
軌道エレベータの項に『果しなき流れの果に』(1966年)、
バイオハザードの項に『復活の日』(1964年)
特殊環境ロボットの項に『虚無回廊』(1986年-)、
ネットワーク社会の項に『継ぐのは誰か?』(1970年)、
情報生命の項に『ゴルディアスの結び目』(1977年)、
環境汚染の項に『静寂の通路』(1970年)、
地球温暖化の項に『極冠作戦』(1967年)が紹介されている。
現代的な軌道エレベータの概念は1960年にソ連の学生によって唱えられたが、最高の軌道エレベータ小説であるアーサー・C・クラークの『楽園の泉』(1978年)の前に小松は軌道エレベータを小説に登場させている。
バイオハザードの最初の国際会議である「アシロマ会議」は1975年に開催されたが、小松はバイオ・テクノロジーが前工業段階にあった時期にリアリティあるバイオハザードを描いた。
1975年の火星生命探査体「ヴァイキング」シリーズや、1977年の「ボイジャー」シリーズのような自立行動型ロボットを、小松は太陽系近傍に突如出現した巨大な異星文明の建造物を調査するため建造された、自意識を持つ「人工実存探査体」を登場させた。
今日のインターネットの原型が誕生したのは1982年のことだが、小松の小説ではさまざまなネットの端末の描写が登場し、人類の後継者である新人類はネットワークとダイレクトに意思の疎通ができる能力を持った人間というイメージである。
ヒトの意識を有機的肉体から解き放つ手段として、コンピュータへ意識をダウンロードさせ、その中で意識が独自の情報生命体として生き続ける、という具体的なイメージがSFの中で、1970年代から語られる。小松は全人類の人格を収録し、それを完全な仮想世界の中でシミュレートできる超大容量のコンピュータを積んで、地球を脱出した宇宙船の物語を描いた。
レイチェル・カーソンの『沈黙の春』(1962年)へのストレートなアンサーが小松の短編である。化学物質による汚染で、日本における年間新生児数が6万人にまで減り、生まれた子供はすべて3歳までに死亡。この事態を本能的に察したヒトの新世代は、恐るべき方法でこれに適応をとげようとしていた。
1979年、米カーター政権が地球温暖化を政治課題として取り上げ、第1回世界気象会議が開かれる前に、小松はこのテーマに挑んだ。22世紀初頭の南北両極の氷が完全に溶け、すべての沖積平野は水没した世界。しかし、今、月植民地と地球有志の手により、ひそかに地球を再び元の姿に戻そうとする壮大なプロジェクトが動き始めていた……。
野尻抱介『太陽の簒奪者』(2002年)の文庫版(2005年)解説の稲葉振一郎の日本SF考で
小松左京がはっきりそうであったように、戦後文学の鬼子とでも言うべき存在
ジャンル全体で現代文学の前線を広げるための露払いをさせられて割を食った
しかしハードSFという、小説あるいは文学としては「奇形」に近い代物は、おそらく主流文学によって追い越さ
れたり取り込まれたりすることはないだろう。
という小松の作品を『地には平和を』だけあげて、小松とハードSFを分けている図式は違和感がある。