出雲ゆかりの伊豆ヶ岳に行ってきました。伊豆ヶ岳を訪れるのは今回で3回目ですが、これまでの2回は春と初夏でしたので、秋の伊豆ヶ岳は初めてでした。
初秋ののどかな伊豆ヶ岳の登山道
西武秩父線正丸駅から大蔵山コースの登山道へ向かうと、どこからともなく大好きなキンモクセイの香りが漂ってきました。どこにあるのかと周りを見回しても見つからず、秋を感じる甘い香りを感じながら暫く歩いていると目の前に樹高8m近い巨大なキンモクセイが現れました😳これだけ巨木のキンモクセイが満開に花をつけていたので、あんなに遠くまでしっかりと香りが届いていたのかと得心しました。
金木犀の甘い香りは夏の疲れを癒し秋を感じさせます
今年の夏は太陽活動衰退期の影響か英国など欧州では冷夏でしたが、日本は偏西風の蛇行や海水温の上昇により猛暑でした。そんな日本も彼岸明け頃よりやっと秋の気配が訪れ、この日の伊豆ヶ岳もすっかり冷え込み、山の木々は秋の装いでした。おまけにこの日は寒冷期冬季の気象にありがちな強風が吹きすさび、野鳥のさえずりを掻き消すように木々がざわざわざわ〜と騒ぐ音が響き渡り、尾根筋では身体が急峻な谷側の崖へ持っていかれそうになるほどでした。
足元には茎をのばした彼岸花(曼珠沙華)
伊豆ヶ岳は今回で3回目なのに、毎回いつもと違う道を歩いているような不思議な感覚に襲われます。それでも実谷の二俣を過ぎて双子岩を経由、亀岩の巨石群を抜けて大蔵山で一息、長岩峠では間違えずに左へ折り返し五輪山を抜け、ルート通りに頂上に辿り着きました。伊豆ヶ岳山頂にひっそりと鎮座している〝小さな大黒さま(大国主命)〟と一緒にいつものように記念写真を撮って下山しました。
伊豆ヶ岳登山恒例〝小さな大黒さま〟との記念撮影
伊豆ヶ岳が「出雲ゆかり」とは山頂の案内板にもどの登山ガイドにも謳われていませんが、国譲りで出雲を追われた古代出雲族(出雲散家)が、北陸から信濃を抜け、出雲のイズに通じる伊豆を開拓したのは明らか。あべ一族の祖、大彦命の末裔ら出雲族の一部が東北に逃れ、蝦夷となり大和の天孫族に対抗して最後まで戦った過程で関東を経由した際に、武蔵七党の祖先などが拠点とした武蔵国の山が出雲に因んで伊豆ヶ岳と呼ばれたのはごく自然の成り行き。
武蔵国の太古の歴史に想いを巡らせ…
伊豆ヶ岳周辺には八坂神社や琴平神社、そして至近距離に二社も諏訪神社が鎮座し、出雲族の痕跡があちこちに見つかります。京都祇園の八坂神社に祀られている出雲神話でお馴染みの素戔嗚尊は出雲国の大国主命の父親(実際には出雲国の大国主命を謀殺し国譲りさせた渡来勢力の徐福がモデル)。琴平神社の総本社である四国の金刀比羅宮の御祭神は大国主命。信州諏訪神社の御祭神は大国主命の息子の建御名方尊。この一帯が出雲国の神々に守られた出雲族の勢力範囲だったことは明らかです。
登山前後には馬頭尊にご挨拶
そして、ここ伊豆ヶ岳頂上の看板のすぐそばにしっかりと鎮座しているのもまた、出雲ゆかりの大黒さまです。財運の神様でもあるこの大黒さまには多くの登山者がお賽銭を供えていますが、私に日曜大工やDIYの素養でもあれば、雨ざらしのこの小さな大黒さまに祠を建ててあげたいものです。日本初の海外からの侵攻による権力抗争(国譲り神話)での民族移動の痕跡は、地名(阿武、安曇、福良など)、食べ物(出雲そば)、言葉(ズーズー弁)、そして、信仰される神さま(大黒、恵比寿、素戔嗚尊)たちが雄弁に物語ってくれます。本格的な秋を迎えた奥武蔵の自然の中で、古代史への妄想が膨らんだ休日のひとときでした。






