全ての「未来」は依然としてまだ『無』の中にあり
今という瞬間を過ぎ去りし全ての「過去」もまた『無』の中へと還って行く。
唯一、実体が有ると思われる「今」でさえもが
全て幻想だとしたら…この世界は
一体誰の眠りの中でみられている壮大な夢の様なもの なんだろうか…
万物は『無』から生じて、やがては必ず『無』に帰る。
愛する人も、大切な場所も、大事な物も、仲間や敵さえも
全て、いつかは必ず消え去り無くなって行く
栄枯盛衰
盛者必衰
諸行無常
…永遠の時を生きるとは
常に流転し移ろい行く刹那の時の中で
瞬間毎に訪れる始まりと終わりを受け入れて
瞬間毎に訪れる生も死も受け入れて
ある時生まれた どんなに幸福の時があって
どんなに、その中にとどまりたいと願っても
決してひとところにはとどまれず…
澱む事なく、常に新しく生まれ続ける事
…なのだろうか
陰と陽、苦と楽、正と誤、肯定と否定、禍と福
全ては裏と表に過ぎず、それぞれの存在を表明し合う為の物事の二元性にて太極を表すもの
ならば今一度、瞬間毎にも
自分自身の誤ちと罪を受け入れて
今の太極にあるものを受け入れてみよう
まるで、朝が来て夜が来る様に…
それぞれの物事の矛盾や太極を楽しもう
それこそが
己の存在の喜びを謳歌する
幸せの時…

まるで、夜が明けて朝日が差し込む様に
ある時、苦しみから楽しみに変わったり
ある時、悲しみから喜びを知ったり
ある時、禍から福が生まれたり
まるで、日が落ちて昼から夜に変わる様に
ある時、正しかった事は間違いになり
ある時、肯定された事は否定されたりする
生きる楽しみや幸せを知り尽くすには
太極を受け入れなければ決して知り得ない
だけど、全ては「二と見えて一であるもの」
互いの陰と陽、裏と表、まるで四季が織り成す自然の表情の様なもの…
…それぞれが持つ表情の良さがある
常に変わり続ける「今」に従い
自分の心の立ち位置を流転して、
やがて来る終わりの日まで、余す事無く遊び、
限りある この生を楽しもう

