前回の続きです。

士農工商の下にある
穢多(えた)
非人(ひにん)
と言われる人とは
どんな人たちだったのか?

この2つは全くちがったもので、

非人とは犯罪者。


牢屋に入るだけで、
まわりのみんなから『犯罪者だ』
と言われるので、
社会から孤立して
世の中で生きていけなくなる。

それを見て、
悪いことをしたらダメだ
と思える社会を築いていた。


では、犯罪者は
どれくらいだったのか?


江戸100万人の人口に対して、
どれだけの警官(けいかん)がいたのか
というと、なんと数十人びっくりアセアセ

同じぐらいの時代のロンドンには
3000人以上の警官がいたと
ネットで見かけましたガーン

ということで、江戸時代の
日本の治安の良さには、
本当におどろきですびっくり


そうは言っても、人殺し、盗みなど、
悪いことをする人はいるタラー

悪いことをして島流しになったけど、
また帰ってくる人もいるガーン

そうすると、
また悪いことをするかもしれない
ということで、

世間から受け入れて
もらえない。

そういう人たちは、
親分のいる特別な村をつくって、
親分のもとで、
めんどうをみてもらう。

こういった犯罪者たちを
非人(ひにん)と言っていたそうです。

社会復帰ができない、
社会復帰が認められない人たち。



これは世界共通で、
区別されるのは
当たり前です。

この人たちは、当然、
お金もなく、ぜいたくはできない。

身分的には非人最下層




そしてこの、
非人の一つ上の身分にいるのが、
「けがれが多い」と書いて、
穢多(えた)


なぜ、けがれが多いのか?


まず、野犬など、
動物を殺す仕事。
今で言う保健所の人は、
『えた』ということになります。

もう一つ、大事な仕事が、
お墓を掘ること。

これは大金持ちだろうと、
貧乏であろうと、
誰でも死にます魂

だから生きている間に、
この人たちを差別して、
きらわれてしまうと、
亡くなった時に、お墓を
つくってもらえないガーン

実は、この人たちの仕事は、
めちゃめちゃもうかる!


たとえば、
山田浅右衛門(やまだ あさえもん)
という人は、
全国でゆいいつ、
刀で人間をきることが
許されている首切り役人さん。

刀が名刀かどうか、
見極めるのも、浅衛右衛門さん。

ということで、
たいへんな収入があり、
大金持ちだった¥¥¥

武士でありながら、
最も低い身分のお侍さんだった。

けがれが多いとされて、
身分的には差別をされていたけど、

商人よりも、もっと
お金をもっていたのが
穢多(えた)

ということで、
私は知らなかったので
おどろきましたびっくり

ただし、金持ちだからと
ぜいたくな着物をきたり、
ぜいたくな家に住むことは禁止

住まいは、ボロ屋。
門をつくってもいけない。
普段は木綿の着物しか
着てはいけない。

いいものを着ると、
役人から怒られたそうです。

お金持ちが、
『私はお金持ちだよ』
やっていることほど、
みっともないことはない。

ということで、ふだんは
貧乏そうなかっこう
させられていた。

でも、夜になると
絹の着物に着替えて、吉原という、
お金持ちが女の人と遊ぶところで、
たくさんのお金を
ばらまいて、
遊びまくっていたのは、
穢多の人たちだったといいますびっくり


 紀伊国屋文左衛門が銭を投げる絵

一部に、豪商と言われる
すごい商人の人もいたけれど。

商人でそれぐらい稼げるようになる
頃には、もうおじいさんだったり(^o^;)
なかなか一晩、飲んで遊ぶ体力もない。


ということで、
穢多(えた)の人たちは、
たいへん経済的には
恵まれた人たちだった
ということです。

日本人の考え方は、

経済的に恵まれている=けがれている

ということでもあったそうです。

ところが、明治時代になると、
四民平等と言って、
この士農工商というのを
とっぱらって、
えた・ひにんも無しにしよう!
となりました。

これまで、穢多の人でないと
やってはいけない
という仕事があったからこそ、
彼らは大金持ちになれた。

明治になると、
誰がやってもかまわない
ということになったガーン

そうして穢多の人たちは、
生活の根幹をうばわれてしまい、
差別ばかりされてきて、
経済的なものも取り上げられてしまう。

これで彼らは明治から騒ぎ始め、
今でも問題として残っているそうです。


このことから見えるのは、

お金持ちになる、
お金をかせぐこと
人生の目的を置いてしまうことは、
けがれをまねく

どんどん
人間の値打ちを下げる


そういう考え方が、
江戸時代の人たちの主流
だった。


自分の利益のために生きるのは、
けがれている。

みんなのために生きることが、
いいことなんだ。

という考えがあり、

士農工商という、
職業の区分があった。

坂本竜馬は、
もともと商人の出だったので
商売をしようとするも、

当時の武士は、商売はダメだ、
おれたちのやる仕事じゃない
という考え方だったそうです。

つまり、武士たちは、
お金儲けをすることは
良くないこと
と考えていたことがわかります。


だから、士農工商は、
身分制度であり、
差別がくり返されていた
というのは、真っ赤なウソ
であるというお話でした。

逆に
この区分がなくなることで、
身分が低い
とされた人が困るとは、
本当におどろきでした。


そういうわけで、世界の中で、
日本人は、今でもちょっと
お金に対する
ネガティブな感覚
というものがあるんですね。

それは、とても良いことでもあり、
マイナスに働く部分もあるので、

お金の悪いところと同時に、
良さということも、
日本人はしっかり学ぶべき
と思って、私は今、お勉強中ですニコニコ

これからの世界を生きるために、
経済などお金の教育も重要なのですが、
日本では全くされてこなかったタラー

だから今、日本は経済的に
大変なことになっていますガーン
という面もあります。

昔からの日本人の思考についても
ふれてしまい、
話が脱線してしまったので、
今日はこのへんにしておきますてへぺろ