昨日は長女の担任の先生が交代になるということで
緊急保護者会がありました。
「今日はそろばん、1人で行って帰ってきてね」と朝話すと
とっても嫌そうな次女。
「1人で家まで帰るのイヤなの 迎えにきて欲しい・・・」と半べそ
緊急保護者会が思ったより早く終わったから
リクエストに応えるべく、自転車で迎えに行くと
お友達3人と仲良く歩いている次女を発見。
「迎えにきたよ」
と言うと
「お友達と帰るから大丈夫」
・・・・とフラレマスタ
家に帰ってきてから
私の仕事部屋の机で宿題をしている次女に
「今日、お迎えにいったのに
○○ちゃんにふられちゃったなぁ~」
って、なんとなく冗談で言ったら
その言葉に反応して次女が泣き出してしまいました
最初はどうして泣いているのかわからなくて
とりあえず膝の上に抱っこ。
でも、どうやら罪悪感を感じてしまったようです。
「せっかく、お母さんが迎えに来てくれたのに
一緒に帰らなくて悪かったなって思っているの?」
と聞くと、泣きながら大きくうなずく次女。
「気にしなくていいんだよ。
○○ちゃん、お友達といて楽しそうだったから安心したよ。
お母さん、買い物して帰ってこられて助かったし。」
と伝えました。
その自分で発した言葉を聞いて
自然と私まで涙が出てきてしまいました。
なぜなら
私にも全く同じ経験があるから。
小5の夏休みのこと。
近所の仲良しの女の子と、その女の子のママと
書道の展覧会を見に行きました。
展覧会を見終えると、ちょうどお昼の時間。
レストランでランチを食べてから帰ろうということになりました。
でも、夏休みは毎日、近所にお勤めに出ている母親が
12時すぎにパンなどを買って帰ってきてくれて
それを一緒に食べるのが日課でした。
レストランにいる間、母親のことが気になって気になって
仕方ありませんでした。
お座敷だったので 畳の上で膝を抱え
こらえきれず泣いてしまいました。
お母さん、今頃、家に帰ってきているだろうな・・・
誰もいなくて寂しくないかな・・・
せっかく帰ってきてくれたのに、悪かったな・・・
1人でパン食べてるのかな・・・
そんなことが頭の中をぐるぐると回って
結局、レストランでは一口も食べることができませんでした。
レストランに連れてきてくれたお友達のママも
「ともちゃん、どうしちゃったの!?! 」
と驚くばかりで
私がそんな状態なので、昼食を早めに切り上げてくれて
大慌てで家に戻ると
母親はちょうど家を出たところでした。
母親が乗っている自動車のテールライトが
遠ざかっていくのが見えました。
昨日の次女の出来事と
このときの記憶が重なり
次女になげかけた私自身が発した言葉は
小学5年生のまま 時がとまっていた私自身を
癒してくれました。
「ともちゃん、気にしなくていいんだよ。
お友達と楽しいお出かけができてよかったね。
お母さん、早めに仕事に戻れたから助かったよ。」
母親は、仕事をしていたので私はカギっ子でした。
学校から帰ってきたときに、お母さんがいない寂しさ。
学童もなかったので、1人ポツンと家にいたときの寂しさが残っているから
自宅で開業できるホメオパスという仕事を選んだのかもしれません。
「おかえりなさい」 と言ってあげたくて。
母親は忙しかったせいか、私は手がかからない子だったそうです。
そして母親の中に、私の記憶は薄いそうです。
でも、自分自身が母親になって思うのは
夏休みはホラーだということ
なんせ3食作らないといけないですから。
母親も、短いランチタイムを抜け出して
私のためにパンを売店で買って来てくれました。
夏休みの間、毎日そうしてくれました。
とても大変だったと思います。
母親も体が休まらなかっただろうなと思います。
「寂しい・・・」という想いが先行してしまう小学生時代の記憶
でも、母親は忙しい毎日の中で できる範囲で最大限に
私を大切にしてくれていた・・・・と今は思えます。
ありがとう、お母さん。
マーガリンと砂糖がたっぷり塗ってある食パンが 大好きだった私。
夏休みの定番ランチメニューでした。
今食べても、美味しいと思うのかな。
マーガリンは嫌いだし、食べ物だとは思ってないけど
このパンは格別な味がするのかな。
そんなこんなで、私の中の小さな女の子
小学5年生のともちゃんの罪悪感も一緒に手放すことができました。
ほんと、次女って私にそっくりで。
顔形や体系が似ているだけじゃなくて
思考回路も思考パターンまでもがそっくりです。
次女が私にとってのレメディーだな。
シミリマム(最同種)レメディーかもしれません。