不定期,というより,ほぼ休業状態でした本欄ですが,久しぶりの投稿でとりあげるのは清少納言です。
秋は夕暮れ
夕日のさして 山の端
いと近うなりたるに
からすの寝どころへ行くとて
三つ四つ 二つ三つなど
飛び急ぐさへあはれなり
まいて雁などのつらねたるが
いと小さく見ゆるはいとをかし
日入り果てて
風の音 虫の音など
はたいふべきにあらず 清少納言『枕草子』(第一段 秋)
私たちは夕焼けを美しいと思います。
車寅次郎に扮した渥美清さんが「いつか所帯を持とうな」とささやけば太地喜和子さんが「嘘でもうれしいわ」と返す,そのときの背景に真っ赤な夕焼け。決して結ばれるのことない男女の悲哀が夕焼けで表現されます。あるいは,夢で入れ替わる二人が隕石落下地点に立ち,時間を超えて手を重ね合う,その背景に赤く染まった空。もう時間設定が曖昧なのであるいは朝焼けかもしれませんが,ともかくも夕焼けっぽい赤い空に感動してしまい「君の名は」なんてつぶやきたくなるのです。こんな映像を見せられると,いまや唱歌「夕焼け小焼け」を教えない学校が増えているとしても,やはり私たちの原風景は夕焼けにあるんじゃないかと,思うものです。
平安末期から鎌倉にかけての『新古今和歌集』に,秋の夕暮れを詠んだ“三夕(さんせき)の歌”とよばれる名歌があります。
【さびしさはその色としもなかりけり真木立つ山の秋の夕暮れ】寂蓮
【心なき身にもあはれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮れ】西行
【見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ】藤原定家
『新古今和歌集』にはほかにも秋の夕暮れを歌ったものが多数あり,鎌倉時代は“秋の夕暮れ”ブームだったのでしょう。凡庸な分析をすれば,武家台頭の時代背景を踏まえて人々の不安を文字化したと解することができましょう。ただ,夕暮れを愛でるのは鎌倉時代特有というわけではなく,現代にも当てはめることの出来る価値観であることは自明です。たとえば現代歌人はまず秋の夕暮れ,という歌をストレートには作りません。夕暮れを愛でるのはあまりに陳腐すぎて面白味に欠けるからです。秋は夕暮れがよいという歌はこれまでに数限りなく作られてきたわけで,逆に言えば,“秋の夕暮れ”ブームの鎌倉時代は“秋は夕暮れ”がまだ広く認知されておらず,けっして当たり前な感性ではなかったことがうかがえます。
鎌倉時代以前はどうだったでしょうか。はっきり言えるのは,上代の『日本書紀』『万葉集』には秋は夕暮れがよいという感性はなかった,ということです。むしろこの頃は夕刻と言えば逢魔時(おうまがとき)あるいは大禍時(おおまがとき)として,それを口にするのは縁起でもないことでした。夕刻とはこの世とあの世の境目だったわけで,言霊信仰のある時代には言葉にするのがはばかられたわけです。
『万葉集』を「暮れ」で検索すると,こんな歌にあたります。
【あかねさす日の暮れゆけばすべをなみちたび嘆きて恋ひつつぞ居る】詠み人知らず
直訳すれば「夕暮れになるとどうしようもなくてただ恋しい」ってことですが,“日の暮れ”を言葉にしたということは地獄に堕ちるのも覚悟で恋しい,くらいの気持ちなのでしょう。
夕暮れを美しいとは思わないのは,けっして古代人の感性が私たちより劣っていたわけではありません。当たり前のことですが,現代文明がいかに進歩していようとも,現代も古代も人の感性や能力には差はないのです。現代文明の進歩とは古代以来の知恵の蓄積に他ならず,現代人が夕暮れを美しいと感じたその感性は,過去の文人の言葉に価値観を植え付けられて「夕暮れは美しいものだ」と擦り込まれているものにすぎないのです。
そう考えると,『枕草子』で「秋は夕暮れ」としたとき,それはただたんに秋の夕暮れに趣があるという薄ぼんやりした景色の鑑賞なのではなく,古来よりまがまがしいとされてきた,百鬼夜行寸前の,妖怪変化のにおいのする恐ろしさを超越して,それでも暮れゆく夕刻は美しいのだという,清少納言の決意表明にも似た,固定概念に対する挑戦があるに違いありません。『枕草子』が発表当時もっていたインパクトを現代でたとえるなら,ヴァイパイア映画で怪物が人を襲うときの吹き上がる血飛沫をみて「ああ趣がある,風流だ」と詠嘆するようなもので,おどろおどろしくておおよそ一般の人にも受け入れられなかったものが,『枕草子』を契機にして文人が歌に詠み,評論にしていくことで,次第に迷信的な考え方が削ぎ落とされて,広く受け入れられたのでしょう。そしてそれがあったからこそ,日本人は無知蒙昧な世界から一歩だけ解放されて,リアルな世界にふさわしい感性に近づいき,いまでは夕暮れを美しいと思うわけです。これは一種の合理主義。価値観をコペルニクス的に転換して合理主義に向かったのは,西洋文明においては早く見積もってもルネサンス期,ざっと14世紀ごろでしょうか。東洋で,それに先んじること300年前に近代的な視点を持ち合わせたのが『枕草子』だったわけです。
私たちが普段感じる何かが美しいとか醜いとかいった感覚は,けっして私たちが生まれながらにして持っていたものではなく,成長の過程で誰かが発した美的感性の基準を学習したものにすぎず,もちろんそこにはなるほど美しいという本人の同意があったにせよ,基本的には受け売りの感覚としてもつに至ったに違いありません。「秋は夕暮れ」のもつ革命的な意味を現代ではもう感じうることはありませんが,自分のもつ価値観が人類史の何世紀頃にどういう所以で形成されたもであるのかを意識することは,新しい価値観をもった言葉を創作するうえで,大切なことだと思うのです。
本稿は,2017年2月に研究会で発表されたものの草稿をもとにしています。
筆者の備忘録ですがよろしければご笑覧下さい。