登呂遺跡/蒲の穂 | ゼロ・ポイント・フィールド

ゼロ・ポイント・フィールド

ブログの説明を入力します。

イメージ 1


弥生時代の遺跡と言えば,このごろでは佐賀の吉野ヶ里遺跡ですが,
静岡にある登呂遺跡も,「試験に出る歴史用語」では上位にランクされます。
大河・安倍川の氾濫により一瞬にして埋没したため保存状態がよかったこともありますが,
なんといっても,日本で初めて弥生村が丸ごと発見されたのが,教科書に載った要因でしょう。
この遺跡は戦時下の昭和18年,戦闘機部品の工場建設中に発見され,
戦後の大発掘のなかで日本古代史研究の原点となった“科学史的意味”がありました。
「神話から科学へ」という戦後教育の象徴が,この登呂遺跡だったのです。

下記の朝日新聞社系サイト「どらく」には,発掘調査時のエピソードが記されています。

調査は夏休みに行われ,東京の大学生や地元の旧制中学校,女学校の生徒らも加わった。静岡精華高女(現静岡大成高校)の生徒だった横澤甲子さんは校内の郷土研究部の部長として参加。「暗い時代が一転,明るく楽しい青春時代に変わった」と振り返る。戦時中にははけなかったスカートで出かけ,初めて男子生徒と言葉を交わした。(どらく 日本史再訪セレクション vol13 登呂遺跡の発掘)
発掘ならスカートではなくもんぺの方が便利なのに,と野暮な考えはいけません。
神話から解放された女子が「初めて男子生徒と言葉を交わ」すのにもんぺではいけないのです。
わはははは。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

西日本で水害が報道された翌日の,土砂降りと晴れが交互に繰り返される不安定な天気でしたが,
久しぶりに静岡駅の南にある遺跡を訪れました。
復元された竪穴式住居,中は案外涼しく,快適でした。
お昼前には,弥生式土器での古代米の炊飯が見られるのですが,

このときはまだ時間ではなかったので,大サービスで脱穀パフォーマンスをしてくれました。
係の,まだベテラン前の女性が,箕(み)を持ちながら籾殻を飛ばそうとするのですが,
「まだ始めて半年だもんで上手じゃないだよ」と静岡弁で笑っていました。

夏休み,遺跡は戦後の遺跡ブームが続いているように,小学生の体験学習でにぎやかです。
遺跡公園には水田も復元され,水路には水質を浄化する作用のある蒲が育っています。
街中では滅多にみなくなった蒲の穂,きっと小学生の目にも新鮮だったでしょうね。





参考サイト
静岡市立登呂博物館HP http://www.shizuoka-toromuseum.jp/
朝日新聞社サイト どらく 昭和史再訪 登呂遺跡の発掘 http://doraku.asahi.com/earth/showashi/120709.html


追記
7~8月にみられる蒲の穂は,夏の季語。8月は暦では秋ですから,晩夏になるのでしょうね。
ちなみに蒲の穂の別名は“蒲鉾”。あの練り物食品はこれに由来します。