時間は本当に止めどなく。
生はその中で流れて。
止まりたかった過去では
死を選ぶしかないと思っていた。
止まるには。
止まれないことに気付いてからは
気を紛らわしながらやっていくしかないのだと思った。
やがて知ったのは
一人じゃないからやっていけるのだということ。
寂しさが寄り添う、生にはいつも。
僕の生は僕自身が進める他無い。
僕の生は僕だけにしか進められないことがなんだか苦しかった。
一人分の生すら重たく感じてしまって。
生を進めることが怖かった。
それはきっと
孤独の証明だと思った。
孤独は悲しくて虚しかった。
なんのために生きるのかわからなくて、なんのために生きたらいいのかもわからなかった。
恐ろしすぎてただ止まりたかった。
誰も、誰かのことをわかりきるなんてことはできない。
どれだけ優しい言葉をもらえても、あげることができても誰も誰か一人のことをすべて知ることなんてできやしない。
自分だって同様に。
どんなときも、わかってあげられたりしたならそれはすごく素敵なことのように思うけれど。
最上の安心かもしれないけれど、そんなのは叶いやしない。
それは自分も相手も人間だからだ。
可能性は時々、負方向。
そして時々、幸せとか正方向の何かをも与えてくれたりする。
生き物みたいに。
予期できない。
もしかしたら、何か一つだけでも
自分の自由に操ることができるものがほしいのかもしれない。
遊園地の、操作室の人が操作するジェットコースターも
親が運転する車も時々怖かった。
幼稚園の時の、隣の子と手を繋いでみんなで列になって外を散歩するあれですら怖かった。
エレベーターやエスカレーターも同じように。
テクノフォビアなのかと思ったけれど、パソコンとかは大丈夫だし。
操作できないということが究極に嫌になるのかもしれない時々。
話が少し、逸れてしまったかな。
今日は少し支離滅裂かもしれない。(笑)
安心感。
それがいつも傍に合ってほしいんだきっと僕はつまり。
死は
未だ完全にそれに対しての想いを捨てられたわけではない。
時々ふと現れ出る。
何が間違いかとか、そういう誰かの答えではこれはおさまらない。
自分が納得できる何かが必要なんだろうな。
もう大丈夫って言えないことが自分として少し残念だけれど
これは僕の一部なんだろう。良くも悪くも。
寂しいから、気づけることもある。
死にたいって思えてしまう人間だから、わかることだってある。
たぶんね。(笑)
何がどれだけ嫌であっても
全部は無駄じゃないことなんだろうきっと。
きっと、ずーっと解決はしない問題なんだと思う。
これとは、いつまでも寄り添っていくしかないんだろう。
考えつめてる内に
朝がいつのまにかきていたりする。
夜は朝になって、朝は夜になる。
晴れの日が続いたあとは雨が降って、でもいつか止む。
そんな世界に生まれた。
誰だっていつかは死んでしまう。
永遠には、手を伸ばせても掴めはしない。
そんな世界だ。
だからもしかしたらいつか、
このいつまでも少し暗い考えにも陽が差す日が来るのかもしれない。
可能性には正も負もあるけれど。
来たる日に期待はしないで
今を生きるしかないのかもしれないな。
目の前の今日を。
生はその中で流れて。
止まりたかった過去では
死を選ぶしかないと思っていた。
止まるには。
止まれないことに気付いてからは
気を紛らわしながらやっていくしかないのだと思った。
やがて知ったのは
一人じゃないからやっていけるのだということ。
寂しさが寄り添う、生にはいつも。
僕の生は僕自身が進める他無い。
僕の生は僕だけにしか進められないことがなんだか苦しかった。
一人分の生すら重たく感じてしまって。
生を進めることが怖かった。
それはきっと
孤独の証明だと思った。
孤独は悲しくて虚しかった。
なんのために生きるのかわからなくて、なんのために生きたらいいのかもわからなかった。
恐ろしすぎてただ止まりたかった。
誰も、誰かのことをわかりきるなんてことはできない。
どれだけ優しい言葉をもらえても、あげることができても誰も誰か一人のことをすべて知ることなんてできやしない。
自分だって同様に。
どんなときも、わかってあげられたりしたならそれはすごく素敵なことのように思うけれど。
最上の安心かもしれないけれど、そんなのは叶いやしない。
それは自分も相手も人間だからだ。
可能性は時々、負方向。
そして時々、幸せとか正方向の何かをも与えてくれたりする。
生き物みたいに。
予期できない。
もしかしたら、何か一つだけでも
自分の自由に操ることができるものがほしいのかもしれない。
遊園地の、操作室の人が操作するジェットコースターも
親が運転する車も時々怖かった。
幼稚園の時の、隣の子と手を繋いでみんなで列になって外を散歩するあれですら怖かった。
エレベーターやエスカレーターも同じように。
テクノフォビアなのかと思ったけれど、パソコンとかは大丈夫だし。
操作できないということが究極に嫌になるのかもしれない時々。
話が少し、逸れてしまったかな。
今日は少し支離滅裂かもしれない。(笑)
安心感。
それがいつも傍に合ってほしいんだきっと僕はつまり。
死は
未だ完全にそれに対しての想いを捨てられたわけではない。
時々ふと現れ出る。
何が間違いかとか、そういう誰かの答えではこれはおさまらない。
自分が納得できる何かが必要なんだろうな。
もう大丈夫って言えないことが自分として少し残念だけれど
これは僕の一部なんだろう。良くも悪くも。
寂しいから、気づけることもある。
死にたいって思えてしまう人間だから、わかることだってある。
たぶんね。(笑)
何がどれだけ嫌であっても
全部は無駄じゃないことなんだろうきっと。
きっと、ずーっと解決はしない問題なんだと思う。
これとは、いつまでも寄り添っていくしかないんだろう。
考えつめてる内に
朝がいつのまにかきていたりする。
夜は朝になって、朝は夜になる。
晴れの日が続いたあとは雨が降って、でもいつか止む。
そんな世界に生まれた。
誰だっていつかは死んでしまう。
永遠には、手を伸ばせても掴めはしない。
そんな世界だ。
だからもしかしたらいつか、
このいつまでも少し暗い考えにも陽が差す日が来るのかもしれない。
可能性には正も負もあるけれど。
来たる日に期待はしないで
今を生きるしかないのかもしれないな。
目の前の今日を。