久々の20℃越えだったらしい。暑かった。
室内の暑さはほんと酷い。
暖房でも付いているのかと思った。笑

汗が滴るなんて懐かしい。
最近新陳代謝悪くなってきてた気がしたから、まぁいっか。
動いたし。笑



小さい頃は汗っかきだったなぁ。
冷や汗をかくことが多かった。
昔からチキンだ。笑
繊細とはまた違うような気がする。心配性。
知らないことだらけの毎日だったから体当たりで覚えていくしかないって
幼いながらに諦めてた。笑

慣れ かもしれない。生は、ある程度。

小さい頃は泣き虫でもあった。
純粋ではなかった気がする。
考えすぎる子ではあったかもしれない。
今の自分よりも、周りに気を遣って生きていたなぁと思う。あの頃の方が内面は落ち着いていたと思う。
不安定ではあったけれど
捉えようとする気持ちがまだ今よりも強くあった。


年を食えば食うほど、頭の中が幼稚になっていく気がしている。


ある程度の不自由さが、
自由への希望だとかを抱かせるのだと思う。

縛られていればいるほどに
自由の大切さがわかるのだと思う。


そのかわり、縛るものが
縛られるものの責任をも
持っていてくれていたのだということも。



自由すぎると
歩けない。歩きたくない。
進むことを望まなくなって
過去を夢見る。


無い物ねだりが人間だ、と何かの本で読んだ。


たしかにそうかもしれない。


手に持っている宝石よりも
他人が持っている宝石の方が美しく見え、なおかつ価値が高いように感じるのは。


他人が持っているものは未知を
はらんでいるから。

手に持っている宝石は
どれだけ綺麗な宝石であっても手に入ってしまえば、手に入らなかった頃に見ていた未知を知り尽くした気分になって
その価値に慣れてしまう。


その、自分の持っている宝石が
[自分の持っているただひとつの宝石だ]ってことには
時間をかけて新たに気付かなけりゃ。
宝石も泣いちゃうね。笑


でもそれって、時には簡単で
時にはすっごく難しい。

いろんな瞬間を
共に歩むことが大切なのかもしれない。

なんだか、友達の作り方と似てる気がしてきた。(笑)


まぁでもそんなもんなのかも。

物も人も
大事にするんなら。

しまっておくばかりじゃなく。
外に出さないとね。気持ちとか言葉とか、行動とか。


日の光に褪せてしまっても。
大切って想いが褪せないように。

宝石は保存法方も知っていた方がいいとは思うけど。笑






今日も話、よじれたなぁ。

まぁいっか。笑