望まれている人間 で日々をやり過ごしていくことは
楽だったのかもしれない。
模範的に、模倣して。


ああしたら疎まれない。
こうしたら喜ばれる。
あんなことしたら怒られて
こんなことしたら悲しまれる

なんてこと
誰だって少しは考えるだろうけど。
それだけがすべてになってしまって
『自分の居場所』ってもんを作ってくることを忘れてしまっていた。
だから、今になって困ってるんだ。
自分の、居ない生活のなかで
自分を作っていくことをしなければいけなくなった。


学生らしい行動とか、
姉らしい考え方やら、

ここまで考えれたら今の年齢的に相応しいくらいかな、とか
このポジション的にこう言ってあげたらいいかな、とか

枠から内側を決めていっていた。



たぶん考えすぎてたんだろうなぁ。
生きることを難しく考えていたんだ。


何かを
基準にして生きること、

そうしてしか生きられなかった。というか、それ以外知らなかった。

それすら知らなかった頃に
見つけたのが
この生き方だったんだと思う。



最初は誰だって知らないよね。
溺れて死にそうなところから始まるんだ。必死になってもがいて、やっとの思いで見つけたそれが
唯一に見えるのは余裕なんて無いからで。










掴んだ生き方で生き延びて、慣れて。やっと周りが見えるようになって気付く。

『他にも生き方はあったんだ』、って。









誰に言い訳したってどうしようもないの。
そうやって生きてきたのは自分なんだから。
たとえ道がそれしかなかったのだとしても。
ずっと間違ってきてしまった、なんて今気づいたのだとしても過去の自分を変えられないのはもう仕様の無いことで。

だから、
見つけた今、
また選び始めるべきなんだよね。


ここからまた、新しく自分を生かしていけばいい。




人より始まりが遅くても、それは悪いことじゃないと思う。

始めることに意味がある。