記事の更新が少しご無沙汰になってしまったが、再び書き続けたいと思う。

 

令和の令は決まり、秩序、お告げという意味もあるが、より本質的には宇宙の根源的存在である神のみ言、神の愛である。

 

私達一人ひとりをつくり、生んでくれた神の愛によって和を成すことができる。家庭の平和、社会の平和、世界平和も本質はそれである。そのようなメッセージを含んでいる令和の時代に入って2か月になろうとしているが、むしろ悲惨な事件が続いている。

 

川崎市登戸で起きた通り魔事件、それに影響を受けた元農水事務次官による長男殺害、そしてまたも札幌で起きた幼児虐待死事件。

 

この虐待事件では、目黒区、野田市の事件でこれだけ社会問題化している状況のもと、通報が何度もあり、警察からも同行を求められにもかかわらず、児童相談所はそれを断り、救うことができなかった。何をやっていたのかと憤りをおさえることができない。

 

親が親の責任を果たせなければ、親の代わりになってその子の命をなんとしても救い守るという覚悟をもってやっているのだろうか。

 

今月中旬の児相の記者会見では、全面的に謝罪すべきところであるのに、「これだけやりました」と正当化している姿勢が見え見えであった。職務怠慢であり、言われてやっているだけの消極的な、事なかれ主義である。

 

しかし、この母親の異常さに驚愕する。本来、母親は愛情たっぷり注いでいく時期であるにもかからず、この人は交際相手とともに鬼のように虐待した。母親を鬼に変えてしまうのは何か?

 

母親の生い立ちなどいろいろな説明はできよう。今の彼らの価値観から読みとることができるのは、恐ろしいほどの自己中心であり、自己への執着である。

 

札幌の事件で母親は、交際相手との関係を保つことが「私の幸せだ」と思い込み、娘を犠牲にしたのではないだろうか。

 

千葉県野田市の事件でも、夫の暴力が怖くて母親は娘を守れなかった。

自分の命よりも子供のためにと思うのが母の愛である。母親の愛という家庭内の最後の砦ともいえる秩序が危機にさらされているのである。

 

 二つの例を取り上げたが、児童虐待は全国で頻発しており、年間13万件と右肩上がりで増えている。いつ私達の身の回りで起きるともわからない様相なのである。

日本はかつてない家庭の危機に瀕している。次回他の問題を取り上げたい。

 

 

 

 

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