今回はいじめ問題を考えよう。
これだけいじめ問題が深刻になっているのに、収まる兆しは見えない。
岐阜県で14歳のまた大切ないのちがいじめによって失われた。週刊文春7月18日号によると、A君の通う中学校は県内有数の進学校。クラスの女子生徒が担任にメモを渡していたにもかかわらず、学校側は適切な対応をとらず放置していた。
女生徒のメモには給食で嫌いな食べ物を押し付けられたとか、見下した言動をされたりしたということが列挙されていたというが、A君の死後、調べられた内容はもっと深刻だった。「トイレで土下座させられる」「唾やジュースをかけられる」「ビンタされる」「金銭を要求される」。
またA君は卓球部の副部長をしていて、団体戦で同点の場面で最後に出場してA君が負けて敗退。いじめの主犯格とされる子がA君に卓球のボールをぶつけて、「お前のせいで負けたんや!」と怒鳴りつけたという。
1年からいじめは始まっており、恒常的に見下されている中で、そのような言葉はA君の心をズタズタにしたであろうことは想像に難くない。いじめた加害者たちの性悪さを示すのは、A君の死後も笑っていたということだ。
NHKスペシャル「いじめと探偵」でもクローズアップされていたが、問題は学校や市教育委員会などの事なかれ主義的対応だ。今回は女生徒からのメモを紛失したうえに、校長ら管理者に報告がきてなかったと言い訳した。そういうシステムを、体制をとっていなかったことへの責任者としての反省はまったくない。
偏差値を上げることばかりに関心をもち、人の命に関心が薄かったと言わざるを得ない。生徒たちの状況をよくみないで、このような結果を招いたのは教育者として完全に失格であろう。
全国で年41万件という異常なレベルでいじめが発生。阿倍泰尚著『いじめと探偵』によると、カツアゲ、援助交際強要、レイプなど犯罪がかなりの件数起きている。
大津中2自殺事件を受けて、いじめ防止対策推進法が制定され、いじめに対して学校が組織的対応を行うなどの対策を打ち出しているが、もはやそれをあざ笑うかのような状況なのである。いくら外的な制度を整えてもそこに心が伴っていなかれば、役に立たない。
家庭の倫理衰退がいじめを生み出しているが、学校、教育委員会の事なかれ主義のために、いじめられている子のSOSは届かず、いじめはエスカレートしていく。命を尊ぶどころか、命の叫びを聞いても静観するという異常な事態である。
私達が学校などで教えられてきた道徳は効力をもっていないことが証明されたようなものだ。当たり前のように考えてきた今の価値観を見直さなければ、もはや限界のときである。
『ヒトは「いじめ」をやめられない』の著書、中野信子氏はいじめは、「種を保存するための本能」であると書いている。そうではない。弱肉強食の愛のない生存闘争によって人間も進化してきたという価値観を「本能」と思うくらいに、進化論で洗脳されてきたのである。
本来、宇宙をつくった神によって人間は一人ひとり王子、王女のごとく尊い存在としてつくられ、生まれてきたのみもかかわらず、下等動物が生きるか死ぬかの生存闘争をしてきたその子孫が人間だという、価値観を刷り込まれ続けているのである。このような価値観のもとでは他人の命も自分の命も尊ぶことも誇ることもできない。
中野氏の主張はきわめて無責任だ。「いじめは本能」と思うくらいに、科学的根拠のない進化論を刷り込んでおきながら、種を保存するための本能だからいじめをゼロにすることは難しいと言っているからである。
進化論的価値観が私達の文化文明に君臨しているかぎり、いじめ問題は解決することはできないだろう。