「神と人類に対する大罪」のシリーズは続くが、気になるニュースが入ってきた。LGBT問題に絡んで日本の価値観がますますおかしくなっていることを象徴する例だ。
産経ニュースによると、
大阪府教育庁は来春に実施する府立高校入試から、入学願書にある性別欄を廃止することを決めた。同庁は「性別記入に抵抗感のある性的少数者(LGBT)の生徒に配慮した」としている。福岡県教育委員会も来年の県立高校入試の願書や受験票について性別欄を削除するという。
LGBTを差別してはいけない―その言葉の前にすべての意見が封じられているような異様な状況になっている。このままの流れが続くなら、青少年たちも影響を受け、染まっていく可能性が大だ。歴史的に見ても悪は繁殖していく傾向があるからである。
気が付けば、LGBTが日本の人口の何割にもなり、あなたの息子が突然「この人と結婚した」と言って男性を紹介してきたり、あなたの娘が他の女性と同棲するような事態が日常茶飯事になるかもしれない。
しかし、同性愛、LGBTは日本の伝統的価値に反するなどの反論ではもはや、この流れを止めることはできないだろう。問題の根本原因に迫らなければ解決はできない。
以前書いたように、家庭倫理崩壊の病根は進化論を前提とする唯物論文化にある。人間が生存闘争によって進化して今の人間になったのなら、今後も生存闘争によって生き残ろうと考えるのが常識となる。
進化論的価値観のもとでは自分が生き残るために必死になる。言い換えれば、利己的個人主義ということである。どのように生きようが勝手。それが行き着いたところが「自分勝手な愛」の同性愛なのである。進化論が君臨する唯物論文化が続く限り、この自分勝手な愛が拡大するのを食い止めることはできない。
しかし、これまで当ブログで書いてきたように、進化論はデタラメな、科学とは言えない唯物思想であることが明白になっている。ID理論を前提とする有神論科学が指し示すのは、「神が下等な生物から段階的に創造し、最後に人間を創造した」ということだ。前のブログで、感動的な自然を人間のために138億年かけて準備した、その神の思いは愛としか言い表すことができないと書いた。
人間の親でも生まれてくる赤ちゃんのために、生きるための安全な環境のみならず、赤ちゃんが感動して喜ぶようなおもちゃを買って準備する。神は138億年かけて、生まれてくる人間のために、安全な環境と感動的な自然、食べ物などを準備した。イエス様は神を父と呼んだが、ID理論の指し示す事実によって、神は人間の親であり、138億年の宇宙的な愛が人間一人ひとりに注がれているということを実感する。
神は雄、雌のペア・システムで創造した
そして、重要なことは、神が愛を投入して人間を創造したということは、人間創造の目的があるということである。
創世記1章27節には、「神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された」とある。神は創造目的、願いをもって男性と女性という形に分けて造られた。人間始祖と同様に、私達も神から生まれ、造られたのだから、私達一人ひとりに「創造目的」があるのである。
どのような創造目的があるのだろうか。創世記1章28節には、
神は彼らを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ」。
これは、ただ単に体が成熟して結婚するということではないというのは誰しも直感でわかる。
堕落した人間を救うために来られたイエス様は、
イエスは言われた、「『心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。これがいちばん大切な、第一のいましめである。第二もこれと同様である、『自分を愛するようにあなたの隣人を愛せよ』。これらの二つのいましめに、律法全体と預言者とが、かかっている」。(マタイによる福音書22章37―40)
このように言われたのは、神とイエス様が自己中心だからではない。神を「心をつくし、精神をつくし、思いをつくして」愛することによって、もっと神の愛を受け取って感動し、感謝することができる。そうなってこそ、隣人も愛せるようになるという意味だ。
だから、まず「生めよ」というのは、人間の親である神の愛を感じて、受け取って、それを現わしていくということ。親の愛に似ていくということである。そうして愛が成熟して結婚するというのが神の願いであり、創造目的なのである。人間が堕落する前と堕落した後で創造目的は変わらない。
だから、男同士、女同士で愛し合う、結婚するというのは、神の創造目的に完全に反する行動だということである。
すべての造られたモノは、造られた目的にかなう使い方をしなければ大変なことになる。AT車は便利だが、その目的からはずれて勝手な使い方をすれば事故を起こすことになる。
生きている間というのは、神様の愛を受け取りながら感動しながら私達の心、魂を成長させていく期間だ。霊界に行く前に準備するとても大切な期間である。だから創造目的に反する自分勝手な愛は、永遠というという観点から幸せになる道ではない。親である神の心情を深く傷つける行為である。
LGBTの人々を差別してはいけない。しかし、LGBTの友人がいれば、「幸せになれないから、すぐにやめなさい」と、勇気をもって言うべきだろう。

