まず、前回の内容に付け加えたい。
人間が神から造られ、生まれたのなら、自分の命も尊び感謝するし、すべての人類は家族と見る価値観になる。しかし、進化論的価値観の下では、すべての人間の価値は「偶然の産物」であり、命を軽んじることになる。相手をサルのように見下して相手の命を軽んじる傲慢な見方に根拠を与える。
私の友人(60代女性)がある青年に「どうしたら世の中よくなると思う?」と聞いたら、青年から衝撃的な答えが返ってきた。
「今の年寄が皆死んだら良くなるよ」
これが進化論が支配する唯物論文化がもたらした発想ではないだろうか。
進化論は、神を葬り去り、宗教道徳を骨抜きにする一方、人々を生存闘争に駆り立てる。環境に適応したもの(強いもの)が生き残り、適応しない者は絶滅するという歴史を経て、今のわれわれになったという“教え”は、「自分が生き残るために、あるいは優位に立つために、相手を犠牲にする」という発想を強めさせるのである。相手の命、存在価値を軽んずる愛の無い世界に人間を追い込む。
だから、進化論的価値観が支配する世界では人種差別もいじめも解決はできない。これらの問題は改めて触れたい。
では、日本の世間一般で進化論が「常識」になってしまっているのはなぜか、考えよう。
まず、第一の理由は、日本の大学の生物、生物化学、化学、物理、宇宙科学などすべての分野が進化論を支持する科学者で固められていること。進化論支配体制である。
支配というのは、強すぎる表現ではないか?と言う方もいるかもしれない。
しかし、もし日本の現役の大学教授、准教授、講師が、進化論に批判的な講義をすれば、大学から追放され職を失う可能性が高い。
進化論をめぐって論争を展開している米国においてさえても“追放事件”は頻繁に起きている。日本の大学でもし進化論批判の講義をする人が出れば“村八分”的処分を受けるだろう。これが進化論支配体制の現実である。
だから、学校の教科書は、多くの反論を無視する形で、進化論をもはや疑いのない公式のように正しいものとして記述。生物学者が監修などをしているから、子供用の本から解説書まで全部進化論の紹介である。
しかし、これだけでは進化論は「常識」にまではならない。巨大メディアNHKの宣伝力によって、頻繁に刷り込まれ、「常識化」されてしまっているのである。
公共放送であるNHKは、本来ならば公正中立な番組づくりに徹して、進化論を扱うなら反論も同時に扱うべきである。
しかし、NHKは、毎年のように進化論だけを紹介するNHKスペシャルを放送。今年の春もNHKスペシャル『人類誕生』を3回シリーズで放送した。東大教授や国立科学博物館の名誉研究員らが協力して制作されたもので、CGを駆使して、人類の祖先の姿を“見てきたかのように”描いていた。しかし、説明がとても稚拙で「これが科学なのか」と友人と頷きあったものだ(詳しくは後述したい)。
これだけではない。最近ではゴールデンタイムに放送される『チコちゃんに叱られる』という、子供も見るような番組でも進化論を前提とした話を紹介することが多い。
5歳の女の子チコちゃん(着ぐるみとCGによる)は、質問して答えられなかったゲストに「ボーッと生きてんじゃねーよ!」と叱り飛ばす。その後、科学者が答える場合には、進化論を前提とした説明をする。ゲストそして視聴者(国民)は「科学で確立されているんですね。恐れ入りました」と、そのまま受け入れ、何の疑いもなく、“ボーッと生きる”ように仕向けられる。巧妙な番組である。
このように日本で進化論が常識になっているのは、科学者、出版界、そしてNHKが三位一体になって国民を洗脳しているためである。
しかし、多くの人が抱く疑問は、公共放送NHKはなぜ、そこまで進化論ばかり支持する番組を制作し放送するのか?ということである。NHKの幹部が思想的に偏っているのか?宗教を敵視しているのか?何か特別な意図があるのか?…。追求していかなければならない重要なテーマである。