「後輩の知り合い」の記事を読んだ。
すごくいい記事なので、ここから読んでみてほしい。
とても面白い!
人の性を面白がっているわけでは決してなく、今までXジェンダーを自認する人の生の声に触れたことがなかったから。
へえ、そうなんだー、知らなかった、そんな「面白い」。
この記事に触発されて(?)、僕の性に関する考え方、僕自身の性自認などについて思ってることをつらつらと書いてみることにしたわけ。
*
「LGBT」。
最近よく聞くようになった言葉だと思う。
僕はなぜかこの分野にとても興味がある。
記者という仕事をしているので、いくつか関連の記事を書いてきた。
ちょっとした特ダネも、ね。
*
あまりよく分からないという人のために、基礎的、補足的な説明をするので、お付き合いください。
ご存知の方は読み飛ばしてね。
レズ、ゲイ、バイ、トランスジェンダー。
その頭文字が「LGBT」。
その話をする前に、「性自認」と「性的志向」を理解する必要がある。
性自認とは、自分の戸籍上の性(男性か女性の2択)に対して、それが一致しているかどうか。
英語だと「ジェンダー」に近いかな。
例えば、戸籍上は「女性」でも、自分の心は「女性」に一致しないかもしれない。
ペニスが股についてないこと、生理があること、乳房が大きくなることに違和感がずっとある人がいる。
社会的な性として、スカートを履くのが苦痛な人もいるかも。
(もっと言うと、「普通」の女性であっても、スカートの好みは人それぞれ。ズボンばっかの女性もいるよね。「人それぞれ」がこのブログの重要なキーワードになってくる。)
性自認が戸籍上の性と一致せず、逆側の性だと自認している人、それが「トランスジェンダー」だ。
トランスは、社会生活において、例えば温泉やトイレなど、様々な不自由を伴う。
だから「性同一性障害」なんて呼ばれ方もする。
(ほんとは、「障害」なんて、マジョリティの圧力でもって社会が作り出してるものでしかないのにね。)
冒頭で述べたXジェンダーってのは、紹介した記事を読んでくれたが一番早いけど、簡単に言うなら、性自認が「X」、つまり不明な人。
自分の性が分からなくても、分からないこと自体がその人の個性、それでいいじゃんねーってお話。
ちなみに性自認に関しては、「X」はあまり有名じゃなくて、「T」ばかりが取り上げられてる傾向にある。
一方!
性を表す指標が「性自認」の他にもう一つあって、これが「性的志向」。
つまり、「どの性を好きになるか」。
英語で言うと「セクシュアリティ」。
「L」は、レズ、つまり戸籍上の性が女性の人が、「女性」を好きになること。
これがなー、本当に性は多様なので、厄介なんですわ。
例えば、レズのAさんと、トランス女性(戸籍上は男性)のBさんがいるとして、AさんとBさんが恋仲になるとするでしょ。
Bさん、トランスでありながら、レズなわけ。
性自認と性的志向は全く別モノなので、それぞれが「普通」でない場合も普通にあるよ。
この場合、見た目だけでいうと(性転換手術やホルモン治療してる場合もあるのでそうも言い切れないので超ややこしい)、「普通」の男女の恋仲に見えるのに、性的志向や性自認の観点で言えば「普通」じゃないわけ。
……仮に理解できなくても大丈夫。話を戻すね。
「G」はゲイ。レズの「男性版」。簡単に言えば男性同士。
「B」はバイ。相手の性に関わらずどっちも好きになる性的志向。
他にも色々あるよ。例えば「A」、「アセクシュアル」、つまり無性愛者。
性的に人を好きになることがない人だ。そんな性的志向があってもいい。
ちなみに僕らが「普通」と思っている、異性を好きになる性的志向は、「ヘテロセクシュアル」って言う。異性愛者。
自分の性の呼び名、知ってた?
(とここでこんなふうに聞いている時点で、これを読む大多数がヘテロであることを想定しているので、そういう意味では僕の中にも大きな偏見があることは自覚してる)
ここまで読んでもらって、改めて「LGBT」という言葉、すごく違和感ないですか。
性的志向(LGB)と性自認(T)を一緒くたにして、「性的マイノリティ」(少数者の意味)って言ってる。
しかも、それでマイノリティを全部言えてるかといえば、「X」や「A」など他にも色々あって全然言えてない。
公共トイレが男女2種類しかないこと、それで困るのは性自認の少数者だけであって、性自認が「普通」である「LGB」の人は何も困らんでしょ。
最近時々見かけるようになった「LGBTトイレ」。
気持ちは分かるけど、あと一歩勉強してほしい……。
それに、一歩進んで仮に「T専用トイレ」があったとして、それに入るってことは「自分はトランスですよ」と言ってるようなもん。
自分だったら入りたくはないな……身障者用トイレ使うかな。
そんな声も当事者から聞いたり、自分で思ったりする今日この頃。
*
ここまで超グダグダ書いてきての僕が思ってる究極の結論。
「性自認とか性的志向とか、面倒くさくね」。
もっと言うなら、「どうでもよくね」。
はい、どんでん返し。
誰かと誰かが一緒にいて、幸せなら、それ以上もそれ以下もなくね。
外から口出しされる筋合いも、口出しする筋合いもなくね。
わざわざ街を歩いてるとき、「私は男で、女の人を好きになります」って看板掲げて歩いてる人、いないじゃん。「いや、知らねーよ」ってなるじゃん。
それと同じで、「私はトランスジェンダーです」とかわざわざ言う必要って、本当にあるんだろうか?
ただの社会生活を営む上で、「個対個」の関係じゃダメなのかなあ……。
まだ社会がそこまで追いついてないよなあ……うーん。
そんな勢いで、いわゆる「性的マイノリティ」と呼ばれる人たちが、わざわざ自分の性を社会に開示(カミングアウト)しなくてもいい、普通に生活ができる社会ができたらいいのになー、そんなことを思いながら取材して記事を書いてーって仕事してる。
ここまでの僕の考え方、記事にすることなんてとてもとてもできなくて(確かにまどろっこしいし、少し広い視野を持たなきゃだから難しいかもだよね、どうしても長くなる)、こうして吐き出してるわけ。
*
ここまで自分の考えを持つまで、性的マイノリティー当事者から直接話を聞いたり、講義を受けたり、勉強会に顔を出したり、色々としてきた。
僕は大学で教育学を修めていて(学部卒の学士でしかないけど)、「いじめ」とかには昔から興味があるんだけど、ここ近年「性」にもすごく感心がある。
何でだろ?……ってずっと考えてたけど、今日たまたま、一つの回答に辿り着いた(からブログを書いてるのだけど)。
前付き合っていた恋人に言われて、とても傷付いて、今でも心から離れない言葉が僕の中にある。
「女々しい」。
別にその人を悪者にしたいわけでは決してない。
その人は、僕に、もっと「男らしく」いて欲しかったんだと思う。
確かに、なよなよしかったし(今でもそういう部分は自分の中にあると自覚してる)、それがその人にとって、その人の中の価値観として、僕の言動は恋人として相応しくなかったのかもしれない。
だから僕はその人を否定しない。
全然そういう性志向があっていいし、そういうカップル観がいわゆる日本の伝統的な価値観と合致するしね。
でも僕は、なぜか、とても傷付いた。
自分の根本的な部分、性格とか、生き方とか、そういうものを否定された気がしたからだと思う。
社会的価値観において、「雄々しい」自分を、理想の姿として描いて、自分自身を縛っていたのかもしれない。
僕自身の性の話をすると、分類上では(既に書いたように、あまり分類するの好きくないけど)、性自認が男性で、それは戸籍や身体と一致していて、性的志向も女性を好きになるヘテロだ。
でも、改めて今、性自認に関しては、完全に「男性」ではないとも思っている。
男性と女性は、点ではなく、線で繋がっている、それが僕の考え方だ。スペクトラムともいう。
僕の性自認は、どちらかというと男性よりではあるけども、若干の中性、女性が入っている。
少なくとも社会的に作られた性、ジェンダーに関しては、女性性を否定できない。
僕は、可愛いものが好きだ。
キャラクターも、花も好き。
幼い頃はウルトラマンじゃなく、キティちゃんが好きだった。
外遊びよりも、仮面ライダーごっこよりも、おままごと。
あと、明るい色、暖色が好き。
自分でスカート履くのは抵抗あるけど、可愛めの服は好き。特に毛糸の服とか好んで着る。セーターとかカーディガンとか。
そして、好きな人とはずっと一緒に寄り添ってたい、すごく寂しがり屋。
……若干自分でも性的志向と混同してる気もするけど、いわゆる社会的に「女性っぽい」と呼ばれているものの中で、自分がしっくりくるものが少なからずある。
これを「女々しい」と言われるなら、もうそれまでだなーって感じ。
僕は僕。
そういう意味では今更変えられないもの。
こんな僕でも好きになって受け入れてくれる人がいるとして、さらに相手の性が僕の性的志向の範囲内なら、僕はその人を好きになる。
順番は逆かもしれんけどね。
要は「個対個」、好き同士。
僕は僕でいて、何の問題もないじゃん。
今、ようやくそう思えるようになった。
*
僕自身がこういう考え方をする人なので、「LGBT」の記事を書いたり読んだりすればするほど、僕の中ではすごく矛盾が生じる。
社会がまだそれほどまでに成熟していないのは、よく分かっている。
性の多様性を受け入れる社会の器がまだこんなに小さいから、多く知ってもらうために発信しなきゃいけない。
でも、発信すること自体おかしくない? だって自分の性の看板を掲げてる人いないよ?
その人はその人、個対個でいいじゃん、そのはずなのに……って。
とどのつまり、僕は自分のことを社会のマイノリティだと思っていることが原点にある。
確かに性に関しては、大きく見たらマジョリティ(多数者)だったかもしれない。
でも、その他でマイノリティな点もいっぱいあるし、これから先、より多くのマイノリティな部分を獲得していくかもしれないもん。
マイノリティを排除する社会は、いずれ、自分のマイノリティな部分で自身が排除される日を迎える社会だと思う。
別にどーだっていいじゃん。
性に限らず、個対個、目の前の人間を尊厳のある一人の人として礼儀をもって接していけば、それでいいじゃんね。
人それぞれ。
そういう意味では、このブログ、僕の性自認をカミングアウトしているので、元も子もないんだけど……。
まあ、僕は隠してはいないので。
日頃思ってることを言うために、具体例として使いました。
異論は少なからずあると思うので、よかったらコソっと色々教えてくれると嬉しいな。
色んな人の考え方を聞く……記者としての血が騒ぎますぜ。
久しぶりに真面目な文章を書いてみた、みらい(大学ではこーき)でした。
ここまで長文読んでくれてありがとう!