塾を続けて4年が立つ。

楽しいこと辛いこと感動すること、たくさんあった。

素晴らしいことである。

しかしである。本当に自分は感動を目的に働いていたのだろうか?
生徒のために働いていたのだろうか?無論、自分の生活のためである。



入試前1週間、中3女子生徒の面倒を見ていたが、本当に生徒のためだけを考えていただろうか?
下心しかなかったのではないだろうか。それは言い過ぎか。たしかに無償の愛を捧げたつもりであるが、それは本来の目的ではない。結果論である。付随したもに過ぎない。

自分自身のやる気の源はそんなに綺麗なものではない。

だから生徒達に会わせる顔がないのである。

自分はひどい人間なんだろうか?

結論が出ない。

ただこれだけ言えることがある。

俺は生徒達のことが好きだった。

顔を会わすのが楽しみだった。

お別れするのが辛くてしょうがない。
塾のバイトを4年間続けたわけであるが、職場の仲間との交流はもちろん、小中学生の子供たちとの交流が楽しかった。



普段は大学生なので研究室でパソコンをいじったりしてるわけなのだが、やはりそんな生活は退屈でつまらない。


もっと華やかな生活がいい。人との交流がたくさんある職業に就くべきだ。



研究室内でカタカタパソコンをいじってると無性にむなしくなるときがある。
それが好きなら問題ないが、自分は耐えられないかな。


ああ、楽しかったなあ。塾講師。


もう塾講師をやることはないだろうな。でも先生として勉強を教えるのは夢だったし、それがかなってよかった。もう悔いはないかな。次の夢に向かって頑張ろう。


この栄光での4年間、本当に幸せでした。感謝します。ありがとうございました。
昨今のアイドル業界に関して
AKB48なんかは特にそうであるが、アイドル本人の「未完成」な部分に焦点が当てられることがよくある。


「未完成」なのにそれが「魅力」につながるという、少し矛盾した現象なのである。


しかし「未完成」といっても、アイドルの子達はたいてい自分で芸能界を志望しており、それなりに自発性がある。感情がなく無愛想な性格だったとしても、いざというときはしっかり表情を作れるし大人な対応ができる。


その時点で「未完成」とは少しかけ離れている。


本当の意味での「未完成」はやはり一般人の中に現れるのではないだろうか?


そういう意味で彼女はその「未完成」の魅力に溢れている。勉強もろくにやらず先生に対して失礼なことを言ったりとしょうもないやつだが、どこか弱気で人見知りでときに甘えるようなことを言ってきたりする。


そういったしょうもないところが応援したくなる部分であり、力になってあげたくなるところだ。


どこか斜に構えた態度だが、たまに子供らしい純粋な瞳で対話をするときがあり、そのギャップにやられてしまう。


この子以上の魅力をもつ人にこの先出会えるのであろうか?


今の時点で確実に俺の中の「ナンバーワン」だ。