樅ノ木は残った (下) (新潮文庫)/山本 周五郎

¥660
Amazon.co.jp
江戸時代初期に仙台藩でおこった伊達騒動・・・
政宗以降、それ以上に高名な君主が登場することはなかったけれど、
60万石の巨藩に対する幕府の思惑を背に藩の乗っ取りを企てる兵部一派と、
その懐に飛び込んで内側から食い止めようとする原田甲斐。
長く悪人とされてきた甲斐への評価を180度変えた、名作。
いつも思うのだけれど、名作というのは古くなることがなく、
たとえ歴史物のように題材自体が遠い過去のものだとしても、
作者がいわんとすることは、時空を超えて、
読んでる人の生きる世の感覚としっくり調和する。
この小説も・・・。
一度腹を決めたなら最期の呼吸の絶える刹那まで貫く甲斐の生き様を通じて、
「どう生きるか」ということがどーんと迫ってくるのでした。
とくに心に残ったこと。
それは、おみやに溺れ、そんな自分を恥じて生き長らえてきた新八が
やがて芸に生きる道を見出したときのこと・・・。
ある日甲斐に二弦琴を披露した新八に、甲斐は
「どうやら道にとりついたようだな」
とめずらしく多弁に声をかけ、
「それは一生をうちこむに足る道であろうから、あせらずに死ぬまで修行しろ」
とねぎらう。
組織のために自己を犠牲にした甲斐だけれど、
本当は自分も新八のように自分の世界に自由に生きたい
そんな本音と人間臭さが漂った一節です。
高校生の頃に読んだらどう思っただろう・・・
ふと、そんな風にも思いました。