先日、大学入試を控えた子どもから、入学試験の課題図書を見せてもらいました。
タイトルは「紫外線の社会学」です。
今でこそ紫外線は「悪」という価値観が広く社会に流布していますが、
その昔、紫外線は健康増進効果があるとして、人々は進んで紫外線を浴びていた時代があったのだそうです。
紫外線そのものは今も昔も何も変わっていませんが、社会がそれをどう処遇するか。
その相対し方及びその方法の変遷を通じて「社会」という捉え所のないものの輪郭を明らかにしていく。
それが、その本のテーマのように私は感じました。
私たちはたびたび「社会」という言葉を使いますが、
それが何なのか、どこからどこまでが社会なのか、どこから先は社会ではないのか、
その定義はひどく不明瞭です。
この曖昧模糊とした社会それ自体を捉えようとするのではなく、
社会と事物の関係性やその変化の仕方を通じて、間接的に社会の姿を明らかにする。
課題図書が採用するこの方法論について考えている時、私は以前読んだ村上春樹さんのエッセイを思い出しました。
それは会社の入社試験か何かの提出書類で、自分という人間について説明しなければならないが、
どう自分を説明すれば良いのか分からないという読者の質問に村上春樹さんが答える、という内容の文章でした。
村上春樹さんの答えは、「例えばカキフライについて語ってみてはどうか?」というものでした。
あなたは、例えばどこのお店のカキフライが好きか?
それをどんなシチュエーションで、誰と、どんな風に食べたいか?
大好きなカキフライについて語ることを通じて、あなたという人間の有り様が浮かび上がってくるのではないか。
村上春樹さんの回答は概ねそのようなものでした。
「私は一体何者か?」
これは人に説明することも、自分自身に説明することも、とても難しい問いです。
そして、これは私が散々悩み続けてきた問いであると同時に、
現在進行形で青年期真っ只中の子どもたちから度々問われる問いでもあります。
その問いに対する私の答えは、だいたいいつも「誰かや何かと関わってみたらどうか」というものです。
私は大学院に進学後、精神的に不調を来たし、一時期家に引きこもっていた時期がありました。
その時に考えていたことは、自分は一体何者で、如何にして社会と関わっていけば良いのか、ということでした。
しかし、独り部屋に篭っていくら考えを巡らしてみてもその答えは見つかりませんでした。
休養の後元気になり、まず私は今と同じく家庭教師の仕事をし始めました。
動機は至極単純です。
それが「自分に出来ること」だったからです。
仕事をし始めてからしばらく経って私は、あることに気付きました。
「自分は一体何者なのか?」
それまで自分を散々悩ませ続けた例の問いが、自分の中で消え失せていることに私は気が付きました。
その経験から得た私の教訓はこうです。
「人は誰かや何かと関わることで初めて何者かになれる。」
目の前に「勉強が分からない、教えてほしい」という子どもがいる。
そしてそれに応えようとあれこれ試行錯誤する自分がいる。
このようにして、誰かの求めに応じることで私には初めて役割が生まれ、
その結果、あんなにも悩み続けた私の自分探しは、終わったことにも気づかぬほど静かに終わりを迎えることになりました。
「私は一体何者なのか?」
独りぼっちで部屋にこもってそんなことばかりを考えていても、
そこに何者でもない空っぽの自分を発見して、打ちひしがれるだけ。
誰とも関わらなければ、人は何者にもなり得ないのだから、それは当然の結論です。
だからどんなに不器用でも、失敗しながらでも、誰かや何かと関わろうとし続けること。
その誰かや何かとの関係性の中で初めて「自分」という人間が定義づけられるのではないか。
これが自分探しに悩む若者からの問いに対する私の答えです。
「だからなんでもいいから行動してみろよ」と言って煽り立てるだけでは何の解決にもなりません。
私もそうでしたが、動けなくなるのにも理由があるからです。
長くなりましたので、この続きは次回。