たいてい診察のときは2時くらいで早退させてもらいギリギリで病院に向かうのだが、今日は丸1日有給をもらった。診察は3時からなので、呑気にこの時間にブログを書いている。
それにしても、長いこと「・・・どうしよう」と自分の学力のなさに愕然とするような事態から遠ざかっていたため、最近の動向を調べてみて、そのとんでもない現実を目の当たりにして今さらながら途方にくれている。仕事をし、今の大学での勉強をこなし、卒論を準備し、そのうえでの勉強。数年の準備を費やせば、どんどんチャンスは少なくなっていく。万が一その関門をクリアしたとしても、そこからスタートし、国家試験を受けるまでの年月、そして万が一突破できたとしても、現場で受け入れられる年齢をとっくに超えてしまうであろう現実。挑戦しようとすることの現実の姿にこれほど震え上がったのは、今まで生きてきておそらく初めてのことだと思う。
速読効果でテキストの読解力はかなり早いほうだった。前の大学でもそれなりの成績を取っていたし、仕事でもカンと経験でうまく処理して乗り越えてきたように思う。でも、ふりかえるに、すべからく小手先で処理してきた感は否めない。わからなくて、どうしても答えが出なくて、苦しんで、その先に自らの内から答えを絞り出すような経験をしていないのだ。あ、これはこれ、こうなるから、これもこうなる、じゃあ次にいこ~的な思考パターン。今の大学での履修科目も、生半可な知識ながらもポイント的な答えだけは導けるから課題はクリアしても、根本的な理解には結びついていない。このくせを直さないと、次のステップにはつながらない。現実に震え上がったなら、震えながらも、足元のことを1つ1つ丁寧にきちんと押さえていくことが、今の私の最大の課題となりそう。小手先で生きてきた自分の人生にも反省。
外猫にゃんがもう3日戻ってきません。鳴けない、聞こえないの2重苦のにゃんは、1日のほとんどをベランダの段ボール製ワンルーム?で過ごしていたのですが、1週間ほど前から突然甲高い声で鳴くようになったのです。それも何かをしきりに訴えているような声。ベランダまでの1メートルも飛べなくなりつつあったため、私が抱えてベランダに運び込んでいたのですが、しがみついて離れようとしない。その様子は本当に子どものような必死さでした。数日後、その泣き声は家の裏にある茂みの中から聞こえてくるようになり、翌日以降にゃんの気配はどこにもありませんでした。口内炎を繰り返していても、えさは食べていたので、抗生物質を与えることもなく様子を見ていました。去年旅立ったまろんのような衰弱はみられなかったのに、突然の変化。あの異常な鳴き声は脳に何らかの障害が起こったせいなのか、にゃんの最期の叫びだったのかはわかりませんが、おそらくにゃんも旅立っていったような気がします。今まで飼った猫の中で、もっとも私を求めた猫でした。淋しいです。
土日で来月提出予定の課題を早々に2科目修了。テキストの内容は充実したものであっても、いかんせん課題が甘すぎる。こんなんじゃマズイんじゃない?というわけで、今の履修内容だけに甘んじていては、実際の学力は向上しないし、教養の域を出ないであろう危機感すら感じます。それに、このペースで進めていくと、週末講義や集中講義以外はおそらく夏までに3年次の分はすべて完了してしまいそう。
というわけで秋以降は別の大学で科目履修の登録をして基礎生物学、細胞生物学、分子生物学、ゲノム生物学、そして苦手だった基礎化学をやり直そうと思ってます。
今日も不覚なり!なんと寝坊してしまった。昨夜も残業だったためベッドに入ったのは2時近く。携帯アラームをセットしていたにも関わらず、全くの無意識状態でアラームをリセットして爆睡していた。母親が「今日休むの?」とドアを蹴ったはずみでようやく目が覚めるとビックリ。ウソでしょ?!もう7時過ぎてる!雨で自転車が乗れないため、前日から手配していたタクシーにあわてて電話をかけて平謝り。「すみませーん、寝坊しました!30分後に来てください」。 3時に寝てもいつもの時間に起きるのが当たり前だっただけに、今朝の寝坊は自分でも意外なんです(苦笑)
弁護士からの書類が出来上がるのが21時過ぎということだったので、到底待つ気にはなれず、会社を20時過ぎに出て22時に帰宅。この時間帯に帰ってこれると、夕飯を食べて新聞読んで猫の世話をしてストレッチしてマッサージチェアでブルブル背中をほぐしている間にDVDを見ても、まだこの時間!おまけに帰りの電車では、朝の不覚を取り戻すべく提出課題の1つを8割方仕上げたので(隣席は誰もいなかったので快適!)ちょっと充実感あり。課題も実はかなりおもしろい。こんなに楽しくていいんだろうか?と思うほど、テキストを読むのが楽しい。この世界に出会えて良かった。自分の役割を持てそうな気がする。