昨日、とある映画を見ていました。
内容は周知せず、なんとなく気になって観たものです。
すると、夫の母が幼い頃に経験した事と、全く同じことが映画の中で起きました。
名前まで、同じ。起きた場所まで、同じ。
実はその話を、つい1日前に、食卓で夫に話していました。
母が抱える傷の話を。
夫は、映画を見終わった後
なんで今、これを見せられたんだろうと、シンクロの意味を考えていました。
私は今朝になり、頭の中が整理されて、一つの結論に辿り着きました。
私たち家族は、今少し、変化が起きようとしています。
実行に移すか否かの、決断をする局面にあります。
それは同時に、ご先祖様が、意図せず作ってしまった傷を、ほんの少し、癒す行為になります。
だから、映画を通してしっかりと、母の気持ちを味わって欲しい、だから、あなた達に、この映画を見せるわね。。。。
私たちは生きていると、その時代に翻弄されたり、誰かに罪を背負わせたり、致し方ない、自分ではどうにもできないことを。
知らず知らずのうちにしてしまう、生き物です。
だから。
子孫というのは、もしかすると、
小さな連鎖を少しだけ、断ち切る役目を担うのかもね、と、夫と話しておりました。
もちろん、その役目、
それに縛られることはありませんし、
子孫は、精一杯その命をまっとうすることが、何より1番、願われることです。
でも、何か。
遠い昔から続く命の、祈りを受け取る瞬間がある気がしてならないのですね。
何千、何万、ずっと、誰か一人が欠けただけでも
生まれなかった私の命は、
私だけのものではない。
子孫繁栄とは、三次元的な、子をなすとか、なさないとかの話ではなく、この命の中に奇跡を見ることなのではないかと。
そして、彼らの願いを、純粋に受け止めることではないかと。
私としては、そう感じています。