最近は老眼もあって、めっきり読書の機会が減りましたが、子供の頃から本の虫でした📖



なんというか、活字が好き過ぎて、読むものがなければ商品パッケージの裏の小さい文字も読み込んでしまう、的な。アラフィフの今は、そんな小さな文字はもう読めないですけど😅




読書をすることで得られるメリットとして、語彙や知識が増えることはもちろんですが、最大のメリットは「想像する」力が養われることなんじゃないかと思うようになりました。



登場人物の人生や性格、環境やイベントを疑似体験する読書経験で培われた想像力は、対人関係にも活かされます。



想像力が欠けていることで、相手はどういう意図や感情の動きから、そういう言動を取るのかに思いが及ばず、自分の実体験と重ねることでしか相手を理解できないため、得てして脊髄反射的な対応しかできません。



また、例え話と事実をごちゃ混ぜに捉える傾向が強いように思います。



さらに、想像力が弱いということは、突発的な想定外の事態に弱いことも意味します。とっさに考えてイレギュラーな行動を取ることが求められる局面において、「何をどうしていいか分からない…」と呆然と立ち尽くすことになりがちです。


想像力とは、そのまま、先を見通す力でもあります。将来的に発生しうる事態を想定し、現時点で取りうる準備や対策を講じて先手を打つことができます。それができないとなると、実際にコトが起きてから場当たり的な対応をすることしかできません。何の用意もなく、いきなりぶっつけ本番ができるのはすごいなぁと思いますが。



いや、そうした想像力がないこと=悪い、と断罪しているわけではないんです。仮に不利益があったところで、それを被るのは本人ですし、人に迷惑を掛けているわけではないですから。


ただ、「相手も自分と同等の想像力を持ち合わせているだろう」という前提で込み入った話をすると、肩透かしを喰らって、こちらは非常に疲弊するということに最近気づきました。


渾身の力で投げたボール⚾️を受け取ってもらえないばかりか、あさっての方向から思いがけないボールを返されると疲れません?


なんだか上から目線っぽくて語弊があるけれど、ちゃんと相手の力量や想像力を見極めて、相手が受け取れる形でボールを投げることって大事なんだなぁ…と思います。


相手にしてみれば、いきなり強烈なボールが飛んできて取り損ね、慌てて自分が持っている別のボールを投げ返しているのかもしれないですしね😅