子供の頃から学校の先生や両親からよく言われた言葉。
『自分がしてほしいことを相手にもしてあげなさい』
純粋な子供の心にズキュンと響きました。

何かをする時、少し判断に迷った時に自分の心に聞いてみました。
『これをしてもらったら自分はうれしい?』

大体これで物事はうまく進んできたし、円滑に動いてきました。
ところが大人になってからこの方法に限界を感じる場面に何度もjぶち当たりました。

職場の先輩のため、先輩の分も資料の準備をしていたらなぜかムッとされた。
学校やアルバイトで忙しい彼氏のために部屋を片付けたら怒られた。
早めに仕事現場について掃除やお茶の準備など御用聞をしていたら疎まれたなど。

必ずしも自分がしてもらったら嬉しいことが相手にとって嬉しいことではなかったのです。

先輩には独自の資料のまとめ方や使い方があったのかもしれません。
彼氏には私には見られたくない雑誌や写真があったのかもしれません。もしかしたら掃除だけはどうしてもこうやりたいという自分のこだわりがあったのかもしれません。
ひとりだけちょこちょこ動くと、まるでまわりがサボっているように見る人がいたのかもしれません。

一つの物事であっても見方、感じ方は違います。
さいころを見るとき、正面は『1』だという人も『6』だという人もいて。
そのどちらもが正しくて真実です。


『自分がしてほしいことを相手にもしてあげなさい』は間違いなのでしょうか?
とってもいい言葉だと思うし、昔から今でもずっと子供たちに親や先生が言い続けていることなので間違えではないのでしょう。

ただ言葉がちょっと足りないのかなと。

『自分が話を聴いてほしいのと同様に相手の話を聴くてあげる』
物事の味方はいろいろで、違いがたくさんあるからすれ違いや誤解が生まれます。
でも話を聴くてほしいというのは共通した想いだと思います。
そしてそれができたら誤解やすれ違いは減るんじゃないかと。

考え方の違い、感じ方の違いは衝突やすれちがいも生みますが本当はとっても歓迎すべきことだと思います。
どうしても自分だけの見方や考えには限界があります。
自分とはちが他人の見方があるからさらにいい考えや感じ方ができるものだと。

不要な衝突は避けたいですね。
まずは自分がそうしてほしいように相手の話を聴く。相手の話から聴く。

気を付けて生活したいです。