「まぁ……それでも、所詮は高校生というやつかね」
「?」

鈴貴の腕に起こる異変に気がついているのかいないのか、山田は至極嬉しそうな顔で微笑む。
好意的に見ればそれなりに整った顔立ちをしているからこそであるのだろう、
金髪碧眼の少年が浮かべた微笑は、どこまでも純粋で、そしてどこまでも邪悪であった。

例えば人に非ず、しかし例えばまた、人にあり。

山田は続ける。


「この二週間すっかり小康状態だったせいか、気を抜いただろう?」
「………」

鈴貴は言葉を返さない、図星であったからだ。
確かに自分は日常が戻ってきたかのように感じていたし、恐らくそれは小百合にも当てはまるだろう。

砂が薄く積もった屋上の上を、ざり、と音を立てて鈴貴は後ずさりした。
特に意思的に行った行動ではない。
深淵にある防衛本能のようなものが、彼の足を自然と山田から遠ざけさせていた。

そんな鈴貴に向かって、勝ち誇ったように山田は、止めの一言を言い放った。


「小百合は今こちらの手にある」


すとん、と落ちるように山田の言葉は鈴貴の中に響く。
油断していた、彼女もそして鈴貴も、余りにも油断しすぎていた。
事態は全く収束していなかったし、どころか、未だ虎視眈々と狙われていたというのに。
茫然自失として何も言い返すことが出来ない。
全てを理解し行動を起こすというのは、一般的な高校生であったはずの鈴貴には荷が重すぎた。


普通ここで映画か何かのヒーローなら、てめぇこの野郎とか言って掴みかかるんだろうな。
それでもって、山田家か何かに乗り込んでいって、颯爽と小百合を助け出しに行くんだ。
勿論後にはハッピーエンドが待っていて、幸せな普通の高校生活も帰ってきて。
「鈴貴君、ありがとう!」なんて言われちゃったりして。


「……大丈夫かお前、顔が悪いぞ」


非常に腹の立つ言い間違いをしてくれた山田は、今や力なく屋上のフェンスに身体をあずけていた鈴貴に
一歩また一歩とゆっくり歩み寄り、そして手首を掴んだ。


「さて。言いたいことはわかるだろう?」
「……小百合を返して欲しければ」


『腕輪を渡せ』


二人の少年の声が、奇妙なユニゾンを奏でる。
そして腕輪が見えていない山田には、それがいっそうその輝きを強くしていることに、気が付く術がない。


「鈴貴君、ありがとう!」なんて言われちゃったりしたら絶対、その後は少々桃色展開があってもいいはずだ。
一般的な容姿だって自分は持ち合わせているわけで、だから資格がないとは言い切れない。
ハッピーエンドは突然に、ヒーローだったら何をやっても上手くいく。


「……俺、ヒーローじゃねぇし」
「うんそうだね、君は普通の高校生だ。だからもういいだろう?楽になれよ。簡単だ、君が望んで、僕が手伝えば、これは簡単に外れてしまうんだから」

「こんな運命、真っ平だ」
「だよな、急にこんなこと言われたって困るよな。大丈夫、佐藤家は滅びるけれど、頼めば君だけなら生き残らせてあげよう」


そもそも腕輪の継承権が山田家に移れば、それで全ての力が僕らのものになるんだから。
山田は続けて、さらに強く鈴貴の手首を握った。
果てしなくどうでもいい話としては、偶然屋上を見ていた女子高校生が、
誰もいない屋上で手を握り合っている男子生徒二人を見て卒倒しそうになったのだが、
それは本当にどうでもいい話だ。


「だから、ハッピーエンドでも待ってないと、納得できるわけあるかぁっ!!」


ないんだったら自分で作ってやる。


鈴貴は大きく腕を振って山田の腕を振り解き、強い目で彼のことを見返した。
既に鈴貴の言葉に冷笑を浮かべている、山田のことを。

 日常は戻ってきていた。少なくとも鈴貴にはそう思えた。あの日から、すでに二週間が経過していた。日常そのものとも言える教室では、教師が黒板に汚い字で数式を書き連ねている。

 以前はあれほど警戒心をむき出しにしていた小百合も、今は板書に専念している様子。鈴貴は、自分が狙われている身だとはとても思えなかった。


 もう、終わったのだろうか。すべては、自分の知らないところで片付いてしまったのかもしれない。二週間は、そう思わせるには十分な時間だった。


 そう考えると、数学の時間にまでわざわざ起きている必要を感じなくなった。鈴貴の成績を頭の隅に入れると、眠っている余裕などはなかったが、ここ最近、考えることが多すぎてまともに眠れていなかった。

 だから、今は休憩。後で小百合にノートを見せてもらおう。少なくとも、授業を受けるよりは分かりやすいはずだ。


 鈴貴はペンを置いて、机の上に突っ伏した。お帰り、日常。



 目が覚めると、そこは教室ではなかった。しかし、まったく知らない場所ではない。周囲の景色からして、ここは屋上だ。

 そう、屋上だ・・・屋上・・・屋上と・・・

 「やぁ、佐藤君。元気にしてるかい?」


 その声の主は、身長は180センチといったところだろうか、金髪碧眼をもったハーフの少年だった。

 「山田・・・今度は何だ?」

 状況は、二週間前とほぼ同じだった。違うところは、屋上であること、記憶が抜けていないこと、自分が拘束されていないことだけだった。

 「記憶はどうしても抜けなかったね。誰かがプロテクトをかけてる」

 どうやら、知らないうちに小百合が記憶をプロテクトしていてくれたようだ。しかし、それは鈴貴に自分のおかれている状況を顕著に示したに過ぎない。

 「そうだ、佐藤君。君に聞きたいことがあるんだけど・・・」

 「聞きたいこと?」

 聞きたいことは、むしろ鈴貴のほうにあった。なぜ、自分が狙われなければならないのか。なぜ、『呪われた血』をめぐって争いが起こっているのか。


 「君のSP・・・小百合とかいう女は一体何者だ?」

 「小百合?」

 それはこっちが聞きたい気分だった。

 小百合は、いつの間にか鈴貴のそばにいた。そして、今はなぜか鈴貴を守る存在になっている。

 「答えてくれないか?奴は相当な使い手なんだよ。この二週間、僕はまともに君ら二人に近づけなかった。なぜ、奴は理由もないのに、『呪われた血』を守ろうとしているんだい?」

 「・・・・・・・・・」


 山田の疑問などは、鈴貴にとってはどうでもよかった。

 小百合は、昔から鈴貴のそばにいた・・・・・・はずだ。だから、今も鈴貴のそばにいる。しかし・・・・・・


 小百合との出会いを、鈴貴はどうしても思い出せなかった。記憶にないのだ。いつ小百合と出会って、なぜ小百合と知り合ったのか、鈴貴にはどうしても思い出せない。


 小百合は・・・・自分の記憶に鍵をかけている。自分と小百合の関係について、完全にドアを閉ざしている。


 「・・・・・・小百合」


 その言葉と同時に、鈴貴の腕輪が光り始めた。

はじめにもどる  



(自分は一体何なのだろう?)
 
 
 そんな疑問が生まれてから、数日が経った。つい先日鈴貴を監禁した山田は学校へ来る様子はない。小百合は、いつも通り生活していた。さり気なく鈴貴のそばに居て、いつもより少しばかり鋭い目線で辺りを窺っていることを除けば。本人の話によると、制服の内側にジャックナイフを常備しているらしい。
 放課後の教室、鈴貴が、ぼーっとしながらいろいろと思いを巡らせていると、
 「…何よ?」
 いきなり前方から投げ掛けられた言葉に鈴貴は反応出来ずにいた。
 「何って訊いてるの!」
 声の主はこちらの方へ歩いて近付いてくる。どうやら鈴貴の目が無意識にその人物を追っていたらしい。
 「あ・・・・・ああ、うん・・・・・い、いや、何でもない」
 小百合の強い口調でやっと我に返った鈴貴は少しどもりながらやっと返事をした。
 「何もないのにそんなにジロジロ見ないで」
 「ご・・・・・ごめん」
 はっきりとした物言いに気圧されながら鈴貴はがっくりと首をうなだれた。
 「・・・・・私があなたの護衛をしてるって周りに分かっちゃうじゃない」
 フォローのつもりだろうか。だがその口調はその言葉が決して嘘ではないことを鈴貴に信じさせてくれた。
 しばらくの沈黙の後、鈴貴が口を開いた。
 「なあ、小百合・・・・・」
 「何?」
 「・・・・・俺って、何なんだろうな」
 もしかしたら答えを知っているかもしれない。不安をなくしてくれるかもしれない。そんな思いを抱きつつ、ここ数日鈴貴を悩ませている疑問を、投げ掛けてみた。
 「そんなの知らないわよ」
 「・・・・・」
 鈴貴は、少し哀しそうな顔をした。
 「あなたはあなたでしょ。どんな境遇にあっても、あなたは佐藤鈴貴。それだけよ。それ以外に何があるっていうの?」
 夕焼けに染まる教室の中、小百合の声が響いた。
 「・・・あははは・‥・・」
 「何よ、急に笑い出して。気持ち悪い」
 本当に嫌そうな顔をして小百合が言う。
 「そうだよな、俺は佐藤鈴貴。それだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。ただの佐藤鈴貴。こんな事で、俺は何を悩んでたんだろ・・・・・」
 鈴貴は何かがふっきれたような顔をして、笑った。心からの笑みだった。
 その直後、放送が入った。
 「もうすぐ下校時刻です。生徒の皆さんは、戸締まりをして帰宅して下さい」
 その放送の後、少しの沈黙があって、
 「・・・・・帰るか!」
 鈴貴が言った。
 「・・・・・そうね」
 小百合はそう言って、そそくさと支度を済ませて教室を出ようとした。
 「おい、ちょっと待てよ。一緒に帰ろうぜ」
 慌てた風に鈴貴が言うと、
 「なんで私があなたなんかと一緒に帰らなきゃならないのよ」
 不機嫌「そう」にそんな言葉を返された。
 「ま、いいじゃねぇか」
 「よくないわよ」
 「いいじゃんいいじゃん」
 「だからよくないって」
 そんな会話を繰り返しながら、結局は一緒に帰ることになった。
   その日、鈴貴はベッドの上、更けていく夜の中、
 「俺は俺、か・・・・・」
 そんな事を呟きながら眠りについた。