こんにちは。
 
突然ですけど、
アメリカに行ったことありますか?
 
アメリカじゃなくても行先はどこでもいいんですが、
例えば「アメリカにひとりで行ってこれる」ということは、
そこに含まれる細々したいろいろなことができる、ということです。
 
ひとりでアメリカに行って、滞在し、あちらで仕事なり観光なりをこなし、日本まで帰ってくる、ということをやったことのある人は、「アメリカに行く」というタスクの中に含まれるたくさんのサブタスクがイメージできます。
 
サブタスクたち:
「会社に休暇の届を出さないといけない」
「数日休むから仕事の段取りをつけとかないと」
「HISで飛行機予約しないと」
「カードで支払いしよう」
「保険にも日本を出る前に入らないと」
「着いたけど、両替どこですればいいの」
「荷物をピックアップしなきゃ」
「ホテルまでタクシーに乗るか、リムジンバスがあるのか」
「どうやって電話する?」
「乗り場はどこ」
「会議の会場はどこ?どうやって行けばいい?」
・・・・
・・・・
 
何が言いたいのかといいますと、
何か1つのことができる、ということは、
そこに含まれる無数のサブタスクが問題なくできる、ということ。
少なくとも、それらがイメージできれば、具体的に行動できるようになるわけです。
 
イメージできれば、
「これとこれとこれが必要」、
「これはなんとか自力でできる」、
「これはできない、難しい、代わりにこうしよう」、
「まずこれをやってみてからこれをやるか」、
といった、具体的な方法が見えてくる。
 
「どうすればいいのか」という、具体的な方法が分かる、というのがとても大事だと思います。
 
1つのタスクを小さなサブタスクに分けること。
それぞれのサブタスクを言語化すること。
それが、サブタスクを豊かにするということです。
 
そして、それらのサブタスクを自動化させることで、
タスクのクオリティが上がるのです。
 
ダンスブログなので、ダンスの話にもっていくと、
「プリエをする」というタスクにも、
無数のサブタスクが含まれるということです。
それらのサブタスクがちゃんとイメージできるか、言語化できるか、どの程度できるか。
 
もちろん、ひとりでは把握しきれないものなので、
指導を受けるわけですが。
 
 
でも、自分から、こういったサブタスクを把握しようとする意識は必要だと思います。
あらゆることの上達は、そのあたりにあると思います。
特に大人の場合は。
 
・・・
 
ちょっとエラソーな、理屈っぽい記事になりましたが、
(描きなおすかも)
直されたら直す、という指示待ちの姿勢ではなく、
サジェスチョンは素直に受け、
でも単に鵜呑みするのではなく、
自分の分析のツールを持つべきだし、
タスクを分析する、サブタスクを言語化するということが大事だと思います。
 
 
 
パンダ