こんにちは、大井です。

 

前回は今年の前期に担当した「西洋文化史特殊講義IIIa」のご紹介をしました。

引き続きこの授業の終盤に取り上げたオーストリア皇太子ルドルフについてお話をしたいと思います。

※ちなみにRudolf。ドイツ語読みでは「ルードルフ」が正しい発音です。

 

 

歴史と伝統を誇る欧州随一の名家「ハプスブルク=ロートリンゲン家」の一人息子。

父親はオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世、母は美貌の皇妃エリザベート(元バイエルン公女)。

1858年にその待望の世継ぎとして誕生したルドルフでしたが、30歳を迎えた時、ウィーンの郊外に位置するマイヤーリンクの狩猟館で若い男爵令嬢とともに遺体で発見されます。

 

マイヤーリンク事件と呼ばれるこの比類なき大事件により、オーストリア=ハンガリー帝国は唯一の直系「皇太子」を失い、以後、帝位継承問題に不安を抱えながら滅亡へと向かいます。世界中に衝撃を与え、大帝国の落日を象徴する事件となったのがこの若き皇太子の突然の死でした。

※Mayerling、ドイツ語の読み方では「マヤ―リンク」という発音の方が近いといえます。

 

ではなぜルドルフは死んだのでしょうか?

そのかたわらになぜ17歳の少女の遺体が横たわっていたのでしょうか?

第一発見者の証言によると部屋には鍵がかかっていたとされています。

 

まさに世紀の大ミステリーです!

二人は心中をしたのか?だとするとなぜ?

それとも自殺に見せかけた他殺か?

 

その死因をめぐってはさまざまな説が登場しましたが、二人の自筆の遺書が残っているためその答えはすぐ簡単に出ました。

 

ピストルによる心中自殺だったのです!

つまり死の道連れに同意した愛人にピストルを向け、そのあとルドルフは自らの頭に銃口を向けたのでした。

 

 

では恋愛関係にあった二人の情死ということなのでしょうか?

実はそう単純な理由ではありませんでした。

 

 

このように授業ではその複合的な理由を説明しましたが、ここでは省略させていただきます。

 

ちなみに今回の授業で扱ったのは歴史の真相だけではありません。

マイヤーリンク事件はやがて文学や芸術分野で幅広く作品化されています。

それどころか現在でも、ミュージカルやバレエでこの事件を題材にした作品が人気を博しています。

 

文化史学科に置かれた「西洋文化史」の講義ということで、授業では文化芸術の面から同事件と後世に作られた作品の関係に注目してみました。

 

 

 

 

今回の授業では、特に宝塚歌劇団の人気作品「うたかたの恋」に光を当てました。

 

「うたかた」とは、水面に浮かぶ泡、はかなく消えやすいもののたとえですね。

つかの間のはかない恋、その先に待ち受けるマイヤーリンクの悲劇。宝塚が得意とする愛と死をテーマに掲げた感動的なミュージカルといえるでしょう(原作である小説のタイトルは『マイヤーリンク』です)。

 

たしかに主役の皇太子ルドルフと男爵令嬢マリー・ヴェッツェラは愛人関係にありました。

 

オーストリア=ハンガリー帝国の世継ぎであり妻子持ちのルドルフ

17歳の世間知らずの箱入り娘マリー

 

 

身分の差と年の差を超えた許されざる愛!

 

この二人の純愛が生み出した悲劇のようにも見えますが、実のところ作品にはかなりのフィクションが入り込んでいます。

 

登場人物はほぼすべてが実在した人物です。ところが各所の場面やシチュエーションには史実と異なる創作が散りばめられています。

 

何よりも二人は本当に純愛でつながれた関係だったのか?

史実をたどると怪しい点も多く見られます。

 

作品を鑑賞しながら史実との違いを細かく説明した際、学生たちは映像に映し出される史実の捻じ曲げや作り話の多さに唖然とした様子を見せていました。

宝塚よ、どうした・・・?という感じで宝塚の世界観や創作にあきれている学生もいました。

(受講者のなかには熱狂的な宝塚ファンも何人かいましたが、ほとんどは宝塚作品を観たことがない学生たちでした)

 

研究者として史実を知る私も、この作品を初めて観た時はかなり驚きました。

エリザベートの描き方ひとつをとっても、ありえない!の連呼です。

 

とはいえ、今となってはこれはこれであり!と実は思っています。

この歴史ミュージカルをきっかけに本当の史実を知りたい!と思わせる誘惑が働けば、歴史を学ぶ第一歩になるからです。

もちろんその過程で戸惑いや葛藤が生じるはずです。自分が感動した歴史ミュージカルが史実とあまりにかけ離れていることを知れば、がっかりする人もいるでしょう。

真実を知りたくなかった・・・・と。


しかし大学で学問の道を歩んでいる学生にはあえてその葛藤にぶつかってほしいと思っています。

とりわけ文化史学科の学生には、歴史学の史実と文化芸術の双方を学ぶ機会が与えられています。

「歴史学」(史実)と「歴史創作物」(文化芸術作品)、両者の緊張関係が生み出す葛藤やもやもやから逃げ出さず、悩み苦しみ考えながら「歴史」と「文化」に触れ、自分なりの解釈を導き出す。そういうプロセスを経ながら成長してもらいたいと思っています。

 

 

そういう意味では「うたかたの恋」は劇薬だったかもしれません。

歴史学者の視点からすればあまりにもぶっ飛んだ「歴史の歪曲」作品ですので(笑)。

 

しかしそもそもこの作品に出会わなければマイヤーリンク事件もルドルフも知らぬまま人生を過ごした学生も多かったことでしょう。ハプスブルク帝国に関心を持つこともなかったかもしれません。

 

また「エリザベート」や「ルドルフ ~ザ・ラスト・キス~」といった他のミュージカル作品と合わせて観ることで、新たな発見があるかもしれません。

 

 

次回は、ミュージカル「うたかたの恋」に秘められた歴史探究のもうひとつの可能性についてご紹介したいと思います。さらにそのあとには、ミュージカル「エリザベート」におけるルドルフと「♪闇が広がる」の解説が続きます。

 

次回につづく